ジュネーブの伝統技術を結集させたパテック フィリップの「希少なハンドクラフト展」

【ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2026】新作時計レビュー Vol.05

パテック フィリップは、本店で発表される工芸的なユニークピースも見逃せない。レギュラーコレクションとは一線を画し、愛好家たちが最後にたどり着くパテック フィリップのアートピースをご紹介する。

FASHION Jul 8,2026
ジュネーブの伝統技術を結集させたパテック フィリップの「希少なハンドクラフト展」

パテック フィリップは、スイス時計の最高峰に位置するブランドであると同時に、ジュネーブに根付くクラフツマンシップの守護者でもある。カタログに載る新作時計はウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで発表されるが、それ以外にもジュネーブ旧市街のローヌ通りに建つパテック フィリップ本店で「希少なハンドクラフト展」と題した特別展示が行われる。ここでは七宝および装飾工芸の高度な手法を用いた限定またはユニークピースが発表される。クロワゾネ本七宝、七宝細密画、グリザイユ七宝、フランケ七宝、パイヨネ七宝、手彫金、手仕上げギョーシェ装飾、ジェム・セッティング、木象嵌といったジュネーブに伝わる技法を駆使して、ドーム・テーブルクロック、懐中時計、カラトラバやゴールデン・エリプスの腕時計にさまざまなモチーフを表現した希少なタイムピースだ。モチーフは動植物、風景などを中心に幅広く展開されるが、2026年はアントニ・ガウディの没後100年、サクラダ・ファミリアのメインタワー完成という話題性から、フラメンコ、闘牛士の衣装の刺繍、サグラダ・ファミリアの屋根瓦といったスペイン由来の作品は印象的だった。それらを含めて、今年は65点もの作品が披露された。

こうしたハンドクラフト作品は、単年のトレンドではなく長年職人たちと関係を築いてききた年月の蓄積によって成立している。パテック フィリップは19世紀後半にベル・エポック期における装飾文化と共に、七宝装飾を駆使した多くの時計の制作を行ってきた。それはパテック フィリップ・ミュージアムの所蔵品でもその系譜を確認できる。しかし、第一次世界大戦を境に、ロシア帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国が崩壊し、王侯貴族などの主要顧客が消失してしまった。そのため、多くのブランドはニッチ分野であったハンドクラフトを放棄し、その技術は消滅の危機に瀕してしまう。そうした状況の中で、パテック フィリップは当分買い手がないことも分かりつつ、職人たちに仕事を与え続け、希少な技術を消滅から救った。結果として職人たちと関係を深め、現在ではその作品はコレクターズピースとして極めて高い評価を受けている。

発表された作品のうち、今年のハイライトを決めるのは、パテック フィリップのティエリー・スターン社長だ。今年は2点選ばれた。そのひとつがアマゾンの生態系を背景にコンゴウインコを中心として鮮やかに表現したドーム・テーブルクロック。本作は鳥やその複雑な羽毛、草花をゴールド・ワイヤーによるクロワゾネ技法で輪郭を形成し、不透明、半不透明、透明の48色の釉薬と、4色の七宝細密画を組み合わせて豊かな色彩を表現した。それぞれの七宝プレートは800℃から820℃の温度で8回から10回の焼成が必要という。平面以上に曲面にエナメルを載せるのは高度な技術を要する作業だ。また焼成したときにできる反りを防ぐためにエナメルは両面に塗って焼かれている。さらにテーブルクロックでは初となる貴石をセッティング。時計の文字盤にはスノー・セッティング技術で1140個のダイヤモンドとマルチカラーの24個の貴石からなるバゲットカットの植字インデックスをあしらい、面を区切るラインには虹を思わせるマルチカラーサファイア、ツァボライト、トパーズが採用される。

ドーム・テーブルクロック 「22000M “コンゴウインコ”」の画像
ドーム・テーブルクロック 「22000M “コンゴウインコ”」の画像
ドーム・テーブルクロック 「22000M “コンゴウインコ”」。アマゾンに生息する色鮮やかなコンゴウインコがモチーフ。直径128mm、高さ214mm。電動モーターにより巻き上げる機械式ムーブメント。ユニークピース。

続いて紹介するのは、フラメンコをモチーフとしたポケットウォッチ。ケースバックにはスポットライトの下でパフォーマンスを行うフラメンコ・ダンサーの一瞬の動作が描かれ、こちらもクロワゾネ本七宝によってドレスの躍動感と彫金された扇子に七宝細密画で細部が描写され、視覚的なリズムと色彩の対比を強調した作品に仕上げた。文字盤は波状模様のギョーシェ装飾の後、赤い半透明のエナメルを施したフランケ七宝という技法を用いて、奥行きを生み出している。さらに付属するイエローゴールド・スタンドも本作の重要な構成要素だ。このスタンドは黒曜石で台座が作られ、レッドスピネルがセットされた扇子の扇面には“ステンドグラスエナメル”とも呼ばれる地板のない赤いプリカジュールエナメルがあしらわれ、造形的な完成度を高めている。

ポケットウォッチ 「992/198J “フラメンコ”」の画像
ポケットウォッチ 「992/198J “フラメンコ”」の画像
ポケットウォッチ 「992/198J “フラメンコ”」。ケースバックに描かれたフラメンコ・ダンサー、バイラオラがモチーフ。台座の装飾も見どころのひとつだ。手巻き。18Kイエローゴールドケース。ケース径44.1mm。ユニークピース。

定番モチーフの動植物は今年も数多く登場している。そのなかでも注目したいのは、木象嵌で表現されたポケットウォッチの「ホホジロザメ」だ。木象嵌とは異なる色や木目を持つ木片をはめ込んで模様や絵を作る装飾技法のことで、ヨーロッパでは古くからある技術であるが、パテック フィリップが2008年から時計製作にも導入して新しい風を吹き込んだ技法である。体長4~6メートルにもなる魚類最大級のホホジロザメを再現するために色、質感、木目が異なる18種類の木材から、186個を切り出して組み立てられ、その背景には16色のエナメルと7色の七宝細密画で海中を表現した。ブルーグラデーションの背景もエナメル製だ。スタンドはホワイトゴールド製で、珊瑚モチーフの手彫金が施される。

ポケットウォッチ 「995/141G “ホホジロザメ”」の画像
ポケットウォッチ 「995/141G “ホホジロザメ”」の画像
ポケットウォッチ 「995/141G “ホホジロザメ”」。海中を泳ぐホホジロザメを木象嵌でリアルに再現。付属するホワイトゴールド製のチェーンにはエナメル加工のカラトラバ十字があしらわれている。手巻き。18Kホワイトゴールドケース。ケース径45mm。ユニークピース。

手の込んだ動植物モチーフをもうひとつ。こちらは花弁に蝶が羽根を休めているシーンをカラトラバケースに収めたもの。金線で花びらと蝶の輪郭を形成し、内部は32色のエナメルを駆使してグラデーションと陰影を表現。蝶の羽の外側にはオレンジとホワイトのエナメルビーズを散りばめて奥行きと立体感を与えた。蝶の羽部分には金箔の上にエナメルを塗るパイヨン・エナメルという技法が用いられ、蝶の存在感を際立たせている。ベゼルやバックルにはバゲットカット・サファイアをグラデーション状にセッティング。複数のエナメル技法やジェム・セッティングの技法を組み合わせて、躍動感ある表現を生み出している。

カラトラバ 「5077/357G “ブルー・バタフライ”」の画像
カラトラバ 「5077/357G “ブルー・バタフライ”」。クロワゾネ本七宝とパイヨン・エナメルの複合技術を用いて生き生きとした蝶を表現。手巻き。18Kホワイトゴールドケース。ケース径38mm。

グアテマラのフエゴ火山を表現するために、クロワゾネ、パイヨン、七宝細密画のエナメル技法を駆使したゴールデン・エリプス腕時計も圧巻だ。火山は金箔の上にエナメルを塗るパイヨン技法によって火口からマグマが流れ出る溶岩流、七宝細密画の技法によって空に吹き上げる噴煙の様子を表現。完成までに770℃の高温で10回の焼成が行われ、色調の層構造がリアルな情景を生み出している。

ゴールデン・エリプス 「5738/50G “フエゴ火山”」の画像
ゴールデン・エリプス 「5738/50G “フエゴ火山”」。火口からマグマが流れ出る情景をエナメルの技術を複合的に用いて生き生きと表現。手巻き。18Kホワイトゴールドケース。ケースサイズ34.5×39.5mm。限定15本。

個人的に興味を引いたのは、グラスに注がれたスコッチウイスキーを描いた「オン・ザ・ロック」という作品だ。ウイスキーの部分はギョーシェ装飾のあとにエナメルを塗るフランケ七宝の技法を用いて、ウイスキーの琥珀色の揺らぎを表現した。特徴的なのは、ロックグラスに施されるカッティングのディテールだ。これは文字盤に描かれたものではなく、サファイアクリスタル風防の裏側からカッティングされている。これによって、これまでにない奥行きのあるロックグラスを浮かび上がらせた。

ゴールデン・エリプス 「5738/50J-012 “オン・ザ・ロック”」の画像
ゴールデン・エリプス 「5738/50J-012 “オン・ザ・ロック”」。スコッチウイスキーの入ったロックグラスを、12色のエナメルを用いることで琥珀色のグラデーションを再現。自動巻き。18Kイエローゴールドケース。ケースサイズ34.5×39.5mm。限定10本。
お問い合わせ先
パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター
03-3255-8109

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