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“音楽を歪んだ時間の建築”と捉える、思弁的で瞑想的な作曲家アンドリウス・アルチュニアンの日本初個展「Obol」(オボル)が、銀座メゾンエルメス ル・フォーラムで「The 5th Floor」のディレクター岩田智哉氏をゲスト・キュレーターに迎えて開催中だ。古代と未来、死と生、個体と音、聖性と世俗という多層的な時間を空間の中で交差させている空間全体を大きなインスタレーションとして体験することで、想像力の新たな回路を開く試み。「未来の冥界」をさすらってみたい。
展覧会タイトル「Obol」(オボル)は、家族であったり、愛している人が亡くなった時に、死者が冥界の川を渡るための渡し賃として口に含ませる銀貨に由来するという。これはギリシャ神話などに見られる風習であり、日本の三途の川を渡る際の六文銭にも通じる死生観で、時代や国、文化を超えて同様の儀式、概念が存在するということに驚かされる。そしてこの「Obol」にみられる概念を通して、実は「冥界は死後の世界ではなく、現在の社会を映す鏡である」と本展覧会のキュレーター岩田智哉氏は語る。未来の冥界というスペキュラティブなビジョンを、地下のクラブカルチャーの美学と重ね合わせ、見えないもの、消えていくものへの想像力を私たちに喚起させるのだ。

アルチュニアン(以下:A)「私は作曲家として出発しており、私にとって考えるということは“音”を通して思考するということ。でも、その“音”は必ずしも“音楽”ではありません。“音楽”っていうのは、“時間を奇妙な形で歪んだ形で建築するもの”だとも思うのですが、つまり、極めて催眠的な状況を作ります。
“時間がただ過ぎるもの”というものというもので提示されるだけではなくて、時間の概念であったり、あるいは私的な解釈というものをそこで扱うことができます。時間というのは、“究極的には何かが消滅していくということそのもの”だと思うんですけれども、それを本当にマテリアルとして扱うことができるというのが、この“音楽”だと思います。」
まず目を引くのは真っ黒なひどく粘着質な様相の“ビチューメン(瀝青)”だ。かつては聖性を、現代では世俗的に転用されている。
岩田氏(以下I)「エルメスはクラフトマンシップ、職人技ということを極めて大切にしてきたと思います。そこに共面する形で、私も今回一つの物質にこだわって、それを様々な方法で扱うということに集中しました。その素材というのが“ビチューメン”です。何百万年も前のも藻類が地中に埋まっていて、それがずっと圧縮され、このとても漆黒の不思議な物質“ビチューメン”になるわけです。これは固定されることはなく、実はいつも少しずつ動いているんです。
この“ビチューメン”は、現在とても世俗的に使われているものなんです。 船の防水加工のために使われていたり、道路であったり。古代では様々な聖なるものとして使われていて、象徴だったんです。例えばファラオをミイラ化するために、この“ビチューメン”が使われているわけですね。ここではこの二重性がすごく扱われていて、つまり世俗的であるということと聖なることが共存しています。
何かを完全に飲み込んでしまうこともできるし、 何かを汚すというようなこともできる。そして常に少しずつ動いていて、変化しているので、そういう意味では決して安定しない、不安定なものなんです。そういった物質を扱うことによって様々な異なる時間のスケールというものを共存させています。」
極めて古代とつながるような素材と現代的な“音”を通して人々が集合するというような文化を同等に扱っていますし、そこには神話があり、そして古代の神話もあれば、未来のスペキュラティブな神話もあります。」
アルチュニアンは“音”もまた同様の性質をもつと言う。
アルチュニアン(以下A)「そういう意味では、私にとっては、“音”というのも“ビチューメン”と同じ素材です。 つまり決して一か所にとどまることのないいつも変化している動いている。そのことによって様々な既存のシステムを少しずらしていったり、壊していったり、多角的にいろいろなものを受け入れるし、さらにはいろんなところに染み出ていける。漏れていくことができる。 極めて概念的で私的であると同時に、私たちの身体に直接訴えかけるものだとも思います。
“音”は時間を歪め、催眠的な空間を生み出します。身体に直接作用し、知覚を揺さぶる。“ビチューメン”と同じように、流動し続ける存在です。私は作品を、解釈される対象ではなく、経験される出来事として提示したいのです。」
本展の制作にあたり、来日直後に岩田氏と新潟を訪れ、天然の“ビチューメン”を調査している。
I「その場所に2人で行って、一緒に“ビチューメン”という素材が本当に生で湧き出ているってところを見た時に、これがどういう風に神話やいろいろな物語に使われて、どういう風にイマジネーションを喚起されるのかということを思い、強い印象を受けました。」

展示空間は二重構造になっている。上の階から下の階へとおりていく過程は、冥界への誘いそのものだ。
A「展覧会は、冥界を生きた社会として想像することから始まりました。そこには制度や経済、文化があります。広告や言語も存在し、人々を誘います。私は言語を意味ではなく行為として扱いたい。今回、日本語、英語、鏡文字という三つの層を重ねました。鏡は反転や循環、異界への通路として機能します。」
A「声は消えていくものですが、同時に強い痕跡を残します。私は、忘れられた言語や周縁化された文化に関心を持っています。今回も過去の作品で扱った音声を再構成し、時間を横断する声として提示しています。それは終末論的なつぶやきでありながら、同時に未来への呼びかけでもあります。」
蛇やレーザーによる文字、反射の構造などを通じ、空間の中へと没入していく。



古代と未来、死と生、個体と“音”、聖性と世俗という多層的な時間を空間の中で交差させている。一つひとつの作品ではなく、空間全体を大きなインスタレーションとして体験することで、想像力の新たな回路を開く試みである。

関連企画として、岩田智哉氏がディレクターを務める東京・根津のオルタナティブ・スペース「The 5th Floor」では、アルチュニアンを含む4組によるグループ展「Deep in the Sway」も開催。声や聴く行為を通じ、消されがちな存在や記憶を可視化することを目指している。
エルメス財団理事長のオリヴィエ・フルニエは、東京・銀座にあるエルメス財団のアートスペース「ル・フォーラム」について、「伝統と実験が共存し、想像力が決して止まることのない都市・東京の中心に位置している」と語る。財団は、2008年の設立以来、創造・技術・環境・社会の4つの柱を軸に活動を展開。アートを単なる装飾ではなく、世界を理解し問い直し、新たな視点を生み出す力として捉え、ヨーロッパとアジアの拠点を通じてその理念を実践してきた。
2022年のヴェネツィア・ビエンナーレで彼の作品に触れたフルニエ氏は、「私たちに体験するように、聞くよう、感じるように誘ってくる。そうすることで私たちの存在そのものを意識することができる。それは、いかにしてこの世界に住んでいるのか、一緒にいるのかということを再発見するように導くのです。」とメッセージを投げかける。
大都市の中心にある静かな空間。立ち止まって、対峙することで、意識に問いかけ、存在を再認識するインスタレーション。想像力の余白を見つけ、新たな気付きが生まれたら、ほんの少しでも、自分の世界がまた広がっていくに違いない。

会期:2026年2月20日(金)〜2026年5月31日(日)
開館時間:11:00〜19:00(入場は18:30まで)
休館日:水曜日
会場:銀座メゾンエルメス ル・フォーラム8・9階(中央区銀座5-4-1)
主催:エルメス財団
協力:東京日仏会館、モンドリアン基金、東京日仏学院、リトアニア・カルチャー・カウンシル
https://www.hermes.com/jp/ja/content/maison-ginza/
■ギャラリー・ツアー
展覧会の背景やそれぞれの作品について、ゲスト・キュレーターの岩田智哉氏が解説するギャラリー・ツアー。
日時:2月27日(金)、3月6日(金)17:00から(約40分)
■ガイド・ツアー
会場スタッフとともに、展覧会を鑑賞するガイドツアー。
日時:3月20日以降の毎週金曜日、3月29日(日)、4月12日(日)、4月29日(水・祝)、5月9日(日)、5月24日(日)
17:00から(約40分)
アンドリウス・アルチュニアン/1991年、アルメニア・リトアニア生まれ。「聴く」ことのハイブリッドな形式、ヴァナキュラーな知識、そして現代的な宇宙論を扱うアーティスト・作曲家。アルチュニアンのリサーチはしばしば、時間性、共鳴、そしてオルタナティヴな世界の秩序を実験的に探究する。催眠的かつ謎めいた形式に関する遊び心に溢れた思索を通して、アルチュニアンのインスタレーション、映像およびパフォーマンス作品は、音楽的および政治的な調和という概念に挑戦する。
STAFF
EDIT: KYOKO SEKO
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