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日本でも、新聞やニュース番組で耳にするようになった“ボーディングスクール”。全寮制で、学業だけでなく、スポーツや芸術、ボランティア活動など幅広い経験ができるのが特長だ。各界で活躍している日本人のなかにも、ボーディングスクールの卒業生がいる。今回は、日本を代表するファッションデザイナーの芦田多恵さんにインタビュー。16歳から18歳の多感な時期を、スイス最古のボーディングスクールである『ル・ロゼ』で過ごした。語学力の向上だけでなく、「自分で考える力が鍛えられた」という留学生活を語ってくれた。
私は幼い頃から、ファッションデザイナーである父(故・芦田淳氏)の仕事を継ぐのだろうなと思っていました。当時、東洋英和女学院小学部の進路相談で「留学希望」と書かれていたのを覚えています。ファッションデザイナーになるためには、語学を身につけるのはもちろんのこと、ファッションビジネスの本場である欧米の生活様式を学んだ方が良い、と留学先を探すことになりました。
スイスのボーディングスクールは国際色豊かで、様々な国から留学生を受け入れていると知り、スイスの学校を3,4校、両親と見学に行きました。両親は、『ル・ロゼ』の校長先生の温かい人柄に感動したようです。また、知り合いのご子息が留学されていて安心感もあったようで、『ル・ロゼ』に留学することになりました。
東洋英和女学院は、小学部から英語の授業があり、英語教育には力を入れていました。自宅では家庭教師の先生と英会話のレッスンをしていましたし、ある程度、基礎はできていると思っていましたが、『ル・ロゼ』入学直後は、会話が全く聞き取れず、なにも話せないのです…!
クラスメイトは、英語はもちろん、3,4か国語話せる子が多かったので、フラストレーションを感じることもありました。当時は、イタリア人、スペイン人、アラブ人の留学生が多く、中国人や韓国人は皆無。日本人も、各学年にひとりいるかいないなといった程度でしたので、コミュニケーションが取れない不安を克服するために、ひたすら頑張りました。英語で最低限のコミュニケーションができるようになるまで、1年近くかかりましたね。
『ル・ロゼ』は、英語とフランス語、どちらかを母国語として選択して授業を受けます。同じ数学の授業でも、英語で教わる生徒と、フランス語で教わる生徒がいる環境でした。私は英語を母国語としたクラスに在籍していたのですが、フランス語の授業もありました。日本にいた頃、フランス語の先生に週に1,2回レッスンに来て頂いていたのですが、『ル・ロゼ』では、発音の修得に本当に苦労しました。
語学の習得に苦労するなかで、スポーツが盛んな学校だったので、スポーツを通じて友人ができていきました。日本にいた頃から、父と一緒に、本格的にテニスやスキーをしていたのは、アドバンテージになりましたね。『ル・ロゼ』は、冬はキャンパスをスキー場のあるグシュタードに移し、毎日、何時間もスキーをするのです。午前中に授業を受け、午後に2時間ほどスキーを滑り、夕方は再び授業というスケジュール。1番上のクラスは、オリンピック選手の候補になる生徒もいて、かなりハードな授業内容をこなしていました。私は上から2番目のクラスにいましたが、気後れせずに滑れたのは、日本での特訓のお陰かもしれません。
学期末には、スキーの競技会があるのですが、オリンピック選手の候補生から、アフリカから留学してきて雪を初めて見た生徒まで、全員が同じコースを滑り、タイムを競うのです。かなり難易度の高いコースで、私も滑りきるので必死だった思い出があります。
『ル・ロゼ』は元々は男子校で、1968年に共学になったばかりでした。私が1980年に入学した際は、女子生徒は3割ほど。校長先生が軍隊での経験がおありだったので、かなりストイックなカリキュラムもありました。年に1度、グランジュールという行事があり、夜、バスに乗って山に行き、チームごとに方位磁石と簡単な地図を渡され、地図にマークされているチェックポイントを通過しながら、ゴールの山小屋を目指すのです。夜の山というサバイバルな環境ですが、学校からは、「こうした服装で」とか「これを準備して持ってきてください」といった指示は一切なし。自分で考える力が鍛えられましたね。
『ル・ロゼ』では、正装して参加するディナーパーティーがあり、カクテルドレスを着る機会がありました。また、冬のキャンパスのあるグシュタードはスキーリゾート地でもあり、シャレ―や別荘を持っている友人が主催するパーティーに招かれることも。クチュールのドレスを着ている友人を目の当たりにしたり、仮装パーティーを楽しんだり…本場のパーティー文化を経験できました。
華やかに見える一方で、母国の治安が悪く留学している友人もいました。学校の休みに母国に帰る際はSPがついていたり、政権の混乱で帰国が難しいという友人も。ボーディングスクールでは、24時間生活を共にすることで、良い面だけではなくシリアスな面も知ることになります。日本が平和であることを、改めてありがたいと感じるようになりました。
両親が、日本での義務教育を修了してから留学させるという方針だったこともあり、東洋英和女学院の高等部に1学期まで在籍してから留学しました。「ひとの気持ちになって考える」といった倫理観を学んでから留学し、世界を知ることができたのは良かったと感じますね。
高校生という多感な年代で、凝縮した世界を見られたのは、貴重な経験になりました。画一的に物事を判断できない環境の中で、「なにが正しいか?」を判断する力を養っていったように思います。
私の場合は、将来、ファッションデザイナーになりたい、そのために海外で学びたい、そして、デザインスクールではなく、美術の総合大学で芸術の1つのカテゴリーとしてファッションを学びたいという目標がありました。自分で行きたい大学を探し、先生にも相談しながら、入学準備を進めました。『ル・ロゼ』は、在籍当時で100年以上の歴史があったので、相談すれば、世界中から候補の学校を教えてくれる環境が整っていました。『ル・ロゼ』で語学を修得できたお陰で、アメリカの大学では専門的な勉強に集中できました。
2018年に、『ル・ロゼ』の共学化50周年を記念するパネルディスカッションのゲストスピーカーとして招かれ、久しぶりにキャンパスを訪れました。私が在学中にいらした先生が何人か、変わらずいらしたのは嬉しかったですね。ただ、卒業から40年以上が経ち、豪華な設備が増えていたり、時代の変化を感じました。私が留学していた時からは技術も進歩し、語学の修得や、世界中の情報の入手も容易になっています。そうした環境で、なにを目的にボーディングスクールに留学するのかが明確になると、心の支えになるのではないでしょうか。
2025年の春には、広島県にある全寮制の小学校『神石インターナショナルスクール』を訪問してきたのですが、ハード面の充実だけでなく、生徒の自主性に驚かされました。講演をさせて頂いたのですが、質問の時間になると、7人、8人と手を挙げるのです…!これから、グローバル社会で生きていくには、語学力だけでなく、自分の意見を伝える力は重要です。同時に、日本人ならではの礼儀作法もしっかり身につけていて、頼もしく感じました。日本国内にもボーディングスクールが増えていますが、幅広い選択肢の中で、子供の成長や個性にあった学校と出会えると良いですね。
スイスの『ル・ロゼ』高校を卒業後、アメリカのロードアイランド造形大学アパレルデザイン科を卒業、芸術学士号を取得。 1991年にコレクションデビュー。以降、年2回新作を発表。2012年第54回FECJ特別賞受賞。 2018年に父・故芦田淳を引き継ぎ『ジュン アシダ』のクリエイティブディレクターに就任。 2019年メンズコレクションをローンチ。2021年にはデビュー30周年を迎えた。 ロイヤルファミリーやファーストレディをはじめ、各界の著名人や俳優などを顧客に持ち、エレガントでモダンなモードを提案、 東京のファッションシーンを牽引する。2023年10月株式会社 ジュン アシダはメゾン創立60周年を迎えた。芦田淳によるメゾン創立当時から常にクオリティの高いものづくりをポリシーに掲げ、“エレガント&プラクティカル”を コンセプトに、革新的に変動の時代を駆け抜けている。令和6年度文化庁長官特別表彰を受賞。
AUTHOR
慶應義塾大学を卒業後、ラグジュアリーブランドに総合職として入社。『東京カレンダーWEB』にてライター・デビュー。エッセイスト&オーナーバーマンの島地勝彦氏に師事し、ウイスキーに魅了され、蒸留所の立ち上げに参画。ウイスキープロフェッショナルを保有し、酒類コンペティションの審査員も務める。公社)日本観光振興協会 日本酒蔵ツーリズム推進協議会 会員。
STAFF
Photos: Ami Kuroishi、提供写真
Writer: Arisa Magoshi
Editor: Atsuyuki Kamiyama
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