ドキュメンタリーとフィクションが交差する『私のすべて』で映画監督アンヌ=ソフィー・バイイが描く真実の追求

監督、俳優
Anne-Sophie Bailly

人生のすべてを捧げてきた子どもが成長し、親離れ、子離れのときは必然とやってくる。アンヌ=ソフィー・バイイ監督は、障害をもつ息子と恋人役に当事者をキャスティング、リアルな存在感の中で、シングルマザーの揺れ動く心の内を繊細に描き出した。無償の愛情、自由、犠牲ーーその狭間で、それぞれが未来をいかに現実へと落とし込んでいくのか。親子の絆と自立の瞬間を見つめてみたい。

LIFESTYLE Feb 6,2026
ドキュメンタリーとフィクションが交差する『私のすべて』で映画監督アンヌ=ソフィー・バイイが描く真実の追求

ヴェネチア国際映画祭でオーサーズ・アンダー40賞最優秀監督賞、ソッリーゾ・ ディヴェルソ賞最優秀外国語映画賞、フィルム・インプレッサ特別賞の3冠を達成した、アンヌ=ソフィー・バイイ監督の長編デビュー作『私のすべて』。障害を持つ息子に人生のすべてを捧げてきたシングルマザーに訪れた子離れの時を描いたヒューマンドラマで、障害を持つ息子とその恋人役に当事者をキャスティングしている。現場では彼らのケアをする新しいポスト、アクセシビリティ・コーディネーターを登用。ドキュメンタリー、フィクションの双方で、「ケア」「母性」「親子関係」「継承」といったテーマを描いてきた監督が本作の制作を通じて感じた、これからの映画作りについて、語る。

母を演じたフランスの人気俳優、ロール・カラミーの画像
母を演じたのはフランスの人気俳優、ロール・カラミー。
©2024 L.F.P.-LES FILMS PELLÉAS/FRANCE 3 CINEMA

真実の追求のためにはフィクションであっても、本物の要素を入れることが必要

――シングルマザーのモナと発達に遅れのある30歳過ぎの息子ジョエルのストーリーですが、母と子どもの普遍的な関係性を描いています。創作のきっかけを教えてください。

「私がティーンエイジャーだった頃、母が老人ホームで働いていました。その時に出会った母娘にインスピレーションを得ています。お母さんは80歳ぐらいで、娘さんは60歳ぐらいでした。娘さんは知的障害を持っていて、自分でいろんなことを決められず、介助が必要なため、ふたりは常に一緒にいました。自分の母親を見ても感じるのは、親子というのは深い愛情で結ばれていて、切ろうにも切れない関係です。だからこそ、近すぎて、お互いに対して怒りが生まれたり、何かしたくてもできない、自由が奪われてしまう面もあります。私自身、子どもはいませんし、これから持つかどうかもまだわからないですが、子どもに対して、どこまで世話をして、どこまで自分を犠牲にしなければならないのか。そんなことを考えさせられました」

シングルマザーのモナの画像
若くして授かり、発達に遅れのある息子をひとりで育ててきたシングルマザーのモナ。
©2024 L.F.P.-LES FILMS PELLÉAS/FRANCE 3 CINEMA

――子どもを授かる、障害を持った若い恋人たちのシーンはまるでドキュメンタリーのようです。当事者の起用とは思いきった演出ですね。

「ジョエル役のシャルル・ペッシア・ガレットは障害がありますが、プロの俳優です。一方、ガールフレンド役のジュリー・フロジェは普段は障害者のための施設で暮らしていて、仕事は箱詰めなどの単純作業をしていますが、会ってすぐにとても感情表現が豊かな方だとわかり、もったいない人材だと感じました。障害のある方は感性が特別に優れています。施設の登場人物はほとんどが素人で、実際に障がいを持っている人やソーシャルワーカーです。その現実味が映画に大きな影響を与えていると思います。この作品の前に何本か、短編のドキュメンタリーを制作したのですが、真実の追求のためにはたとえフィクションであっても、本物の要素を入れることが必要だと考えました。ドキュメンタリーを撮るように、フィクションを制作しましたが、常にアクシデントがある現場でしたね」

アクセシビリティ・コーディネーターが心の拠り所に

――どのように演出していたのですか。

「シャルルは若い俳優にありがちな、大仰な芝居をすることがあり、シンプルにしてもらうよう気を配りました。ジュリーとシャルルの間には会った瞬間から、まるで魔法のような空気が生まれて、撮影で途切れることがないよう心がけました。出演者たちは身体あるいは知的に障害がありますが、周りの人から期待されているのにできないと気まずさを感じてしまいます。だから、ものすごく準備をしてくるのです。彼らが障害者だからと言って、私の方でも妥協しないようにしていたので、お互いに主張し合って、時には意見が合わないこともありました(笑)」

――そんな時はどのように解決したのでしょうか。

「重要だったのは障害者のコーディネイトをしてくれたアクセシビリティ・コーディネーターの方が現場にいてくれたことですね。それぞれの障害は少しずつ違いますし、『監督が喜ばせたい。映画を成功させたい』と本人たちがつい、やりすぎてしまうこともありました。そこをうまく調整してくれていたのがコーディネーターです。彼らを失望させないよう、心の拠り所になってくれていたので、私も他の役者と変わりなく接することができました」

息子役のシャルル・ペッシア・ガレットの画像
息子役のシャルル・ペッシア・ガレットは障害を持つ俳優として初めてセザール賞有望若手男優賞候補に選出されている。
©2024 L.F.P.-LES FILMS PELLÉAS/FRANCE 3 CINEMA

人生の権利は誰にあるのか

――ハラハラして恋人たちの行末を見守っていましたが、さすが人権の国フランスだと思う箇所が何度もありました。

「いま、フランスでは障害者の自立が社会的なテーマになっています。多くの施設は財団、NPOが手掛けていることが多く、両親の子どもたちを守りたい姿勢が全面的に強くて、変えていくのは難しい状況にあります。最近になってやっと、障害者の性生活の自由、親になる自由が話し合われるようになってきました。フランスでもダウン症の女性の不妊治療が90年代まで行われていたので、それほど昔の話ではありません。体の権利は誰が持っているのか。人生の権利は誰にあるのか。そんな疑問を感じて、この映画を作りました」

50代だって、何歳だって、何事にも代えがたい自由を手に入れることはある

――息子の成長を認めた母親が今度は自分の幸せを求めて、恋に向き合うのもまた、フランスらしい展開だと思います。

「息子が自由を求め、独立して出ていくことで、お母さんが自由になることも描いています。体を通して人は変わっていく。愛情も人生もそうです。ハンディキャップをもつ息子が恋したっていい。お母さんが何歳になっても恋したっていい。映画の冒頭はお互いが依存関係にあります。どちらか一方が開放されるのではなく、お互いが依存から解き放たれる。自由は若者の特権ではありません。50代だって、何歳だって、何事にも代えがたい自由を手に入れることはあると思います」

ヒロインの画像
人生を息子に捧げてきたヒロインの心と体の解放。
©2024 L.F.P.-LES FILMS PELLÉAS/FRANCE 3 CINEMA

国によって反応は様々。社会全体で考えたい

――横浜フランス映画祭2025でも上映され(当時のタイトルは『My Everything』)、好評を博しました。世界中いろんな映画祭に招待されていますが、各国の反響が興味深いです。

「イタリアではきつい反発を受けましたね。まだまだ家父長制が強い国だと感じました。ブラジルのリオでは障害者の性を描くことはタブーだったようです。裸が映っているだけで問題になるエジプトでは途中で退席する人もいました。ロンドンではフランスより、このテーマについて、社会の議論が高まっているように思います。フランスでは医療関係、福祉関係の方がたくさん見てくださり、度々、意見を求められました。障害者の性の権利と自立について、国によって反応は様々ですが、社会全体で考えたい問題ですし、映画を介して、この議論が世界中に広がっていってくれればいいなと思っています」

私のすべて

2026年02月13日〜
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館全国順次公開。
監督、脚本:アンヌ=ソフィー・バイイ
キャスト:ロール・カラミー、シャルル・ぺッシア・ガレット、ジュリー・フロジェ
2024年仏、上映時間:95分
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム

PROFILE
監督、俳優 Anne-Sophie Bailly
監督、俳優
Anne-Sophie Bailly

Anne-Sophie Bailly/アンヌ=ソフィー・バイイ フランシュ=コンテ地域圏(現ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏)で生まれ育ち、舞台や映画の俳優としてキャリアをスタート。2017 年、フランス国立映像音響芸術学院の監督科に入学。卒業制作である短編映画『La Ventrière』(2021)はフランスのクレルモン=フェラン国際短編映画祭、アメリカのテルライド映画祭など、世界40以上の映画祭に選出され、10以上の賞を受賞。共同脚本を務めた『犬の裁判』(2024)は第77回カンヌ国際映画祭ある視点部門に正式出品。


MOVIE WRITER
髙山亜紀

フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。

SHARE

AdvancedClub 会員登録ご案内

『AdvancedTime』は、自由でしなやかに生きるハイエンドな大人達におくる、スペシャルイシュー満載のメディア。

 

高感度なファッション、カルチャーに溺愛、未知の幅広い教養を求め、今までの人生で積んだ経験、知見を余裕をもって楽しみながら、進化するソーシャルに寄り添いたい。

何かに縛られていた時間から解き放たれつつある世代のライフスタイルを豊かに彩る『AdvancedTime』が発信する情報をさらに充実し、より速やかに、活用できる「AdvancedClub」会員組織を設けました。

 

「AdvancedClub」会員に登録すると、プレゼント応募情報の一覧、プレミアムな会員限定イベント、ブランドのエクスクルーシブアイテムの紹介など、特別なコンテンツ情報をメールマガジンでお届け致します。更に『AdvancedTime』のタブロイドマガジンのご案内もあり、送付手数料のみをご負担いただくことでお手元で『AdvancedTime』をお楽しみいただけます。

登録は無料です。

 

一緒に『AdvancedTime』を楽しみましょう!