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マクラーレンに在籍した1988年から1993年の間に3度の世界チャンピオンに輝き、今もなお、多くの人々の心に残る不世出のレーシングドライバー、アイルトン・セナ。マクラーレン・オートモーティブは、そんな彼にインスパイアされた特注のワンオフカラーリング「Senna Sempre(以下、セナ・センプレ)」を纏った「マクラーレン・セナ」を5月に発表し、大きな話題となった。さらにこのスペシャルカラーはF1マシン「マクラーレン MCL38」にも施され、去る5月27日に決勝レースが行われたF1第8戦モナコGPに参戦。1994年の、あの悲劇的な事故によって34歳の若さで世を去ったセナへのオマージュは、マクラーレンのビスポーク部門「マクラーレン・スペシャル・オペレーションズ(MSO)」のクラフトマンシップによって、永遠に人々の心に残ることになるだろう。
1988年10月30日、鈴鹿サーキットで開催されたF1日本GPでの事だった。マクラーレン・ホンダに所属していたアイルトン・セナが優勝し、自身初のワールド・チャンピオンを獲得。マクラーレンにとっても、85年以来のコンストラクター部門総合優勝となった。その直後、ホンダブースで行われた祝勝会に当時82歳だった本田宗一郎が現れた。我々報道陣も多くつめかける中で、本田宗一郎は28歳のセナを人目もはばかることなく抱き締めた。するといつもは冷静に振る舞うことの多かったセナが、まるでおじいちゃんに褒められてうれし泣きしている孫のごとく、大粒の涙を流しながら感情を露わにしたのだ。素直にセナの純粋さや透明感を強く感じた瞬間だった。
当然のようにセナの人生は、モータースポーツファンだけでなく、多くの人たちを魅了した。さらにマクラーレンおよびF1界に大きな影響を与え続けてきたわけだが、そんな偉業を偲ぶ、セナへのオマージュとなるのがワンオフカラーリング「セナ・センプレ」だ。イエロー、グリーン、ブルーの鮮やかなカラーリングは、セナの象徴的なヘルメットからインスピレーションを得ていると同時に、セナの母国ブラジル国旗からイメージしている。
ではなぜ、ひとりのドライバーをフィーチャーすることの少ないマクラーレンが、こうしてセナへのインスパイアを表現するのだろうか?
セナと言えば、マクラーレンに在籍している期間に参戦した41戦中、35勝を挙げ、3度のドライバーズチャンピオン、4度のコンストラクターズチャンピオン獲得に貢献。つまりマクラーレンでもっとも成功し、黄金期を支えた最重要ドライバーとも言える。
マクラーレンは、これまでにも優秀なドライバーを多く世に送り出してきたものの、特定のドライバーからインスピレーションを得たロードカーやレースカーを開発したこともなかった。それが2017年12月、マクラーレン史上最も過激で究極のサーキット志向の市販車として設計、開発された「マクラーレン・セナ」を発表した。ミッドに最大出力は800馬力、最大トルク81.6kgmを発生する4.0LのV型8気筒ツインターボエンジンを搭載。トランスミッションはパドルシフト付きの7速デュアルクラッチを組み合わせ、妥協のないパフォーマンスへの徹底的なこだわりを体現したレースマシンにふさわしい車名としてセナの名を与えた。ここからマクラーレンがアイルトン・セナという伝説のドライバーに抱く、強い思いが伝わってくる。その後、世界中のモータースポーツファンの注目を集めたこのロードカーは、マクラーレンの人気のマシンとなっただけではなく、レース以外の場所ではアイルトン・セナがこの世界に残した功績への注目度をいやが上にも向上させるきっかけにもなった。
そして没後30年を迎えた今年、セナのレーシング・レガシーと類稀なレーシング能力を称えるため、スペシャルカラーの「セナ・センプレ」を究極のロードカーだけでなく、F1第8戦モナコGPに参戦するF1マシン「マクラーレン MCL38」にも施したわけだ。セナと言えば「キング・オブ・モナコ」と呼ばれたドライバー。1989年から1993年までの間に5連勝を含む6度の優勝をモナコで実現している。さらに今年のモナコGPは、セナがマクラーレンでモナコGPで初優勝を飾ってから35年にもあたるメモリアルイヤー。つまりモナコ・サーキットはマクラーレンF1チームにとって、セナを讃える象徴的な場所と言える地。ここでスペシャルカラーのマシンを走らせ、戦うことはセナに対して最大限の敬意を表すという深い意味を持っていたのだ。そして迎えた決勝では、マクラーレンのマシンは2位にカーナンバー81のオスカー・ピアストリ、4位にカーナンバー4のランド・ノリスが入り、レッドブル、フェラーリとともに3強の一角にふさわしい戦いを展開。今シーズンの熱いバトルが楽しみになる結果となった。もちろん今回のようなプランニングは、これからもマクラーレンのレース、そしてロードカーの世界に確実に反映される事になる。マクラーレンの今後にますます期待したい。
AUTHOR
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで“いかに乗り物のある生活を楽しむか”をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。
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