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カンヌ国際映画祭監督賞を受賞したトラン・アン・ユン監督の『ポトフ 美食家と料理人』。食材を育てることに始まり、真剣に相手を思い、試行錯誤し、最高のバランスでの美味が作り上げられてゆく世界。フーディーたちが集う華やかさが先走りするガストロノミーにおいて、そのひと口に込められる本当の豊かさ、贅沢さとは何か。
1993年、長編映画監督デビューを果たした映画『青いパパイヤの香り』ではカンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人賞)、セザール賞新人監督賞を受賞。さらにアカデミー外国語映画賞にもノミネートされる快挙を成し遂げたトラン・アン・ユン監督。光と影を巧みに操り、耳に聞こえてくるのは音楽のような生活音、役者たちの小さな動きひとつすら完全に制御されているような徹底した映像美。前作『エタニティ 永遠の花たちへ』は絵画の世界がそのまま、映画になったよう世界観で、監督の画への強すぎる執念に俳優たちが「自分たちはまるで人形のようだ」とぼやいていたとか。
そんな静の世界から一転。本作『ポトフ 美食家と料理人』はオープニングからまるでダンスのように、男女2人が息のあった動きで料理を作り上げる。そこに差し込まれる眩い陽の光。調理する音だけでなく、外の鳥の囀りや犬の遠吠えまで聞こえてくる自然な音の心地よい響き。完璧な映像はそのまま、今回は言うなれば動の世界である。
監督の作品はただ映像が美しいだけではない。超一流の俳優を使いながら、感情的に役者の演技に頼るわけでもない。光、音、役者、何もかもが映画の中で反応し合う。そのせいで、時には俳優がぼやくほど、こだわってしまうのだ。
今回、監督が取り上げたのはガストロノミー。日本ではわかりやすく美食と訳されるが、ただ単に嗜好品を食すだけではない。日本でも目に鮮やかな和食の文化は芸術的といえるが、ガストロノミーは総合芸術としての料理。
映画を見るとよくわかるが、創造的な料理を作るだけでなく、素材を厳選、いや、食材を育てるところからもう食の道は始まっている。究極の一品を口にするときの話題もまた、大事なエッセンス。
ガストロノミーといえば、「美味礼讃」。美食家として知られるジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランが1825年に出版した食通や料理人のバイブル。その中の一説、「どんなものを食べているか言ってくれたまえ。そうすれば、君がどんな人であるのかを言い当ててみせよう」は多くの人が聞いたことがあるだろう。
本作はそのジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランを主人公にしたマルセル・ルーフによる1920年の小説「La vie et la passion de Dodin Bouffant gourmet(原題)」(美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱)が原案になっている。映画では小説の前日譚のようなストーリーが描かれてゆく。
料理人のウージェニーは美食家ドダンの元で20年間、働いてきた。ドダンの閃いたメニューを完璧に再現するのがウージェニーの仕事だが、彼女が作り上げる一皿は常にドダンの想像をさらに上回るものだった。仕事上だけでなく、プライベートでもパートナーである2人は森の中のシャトーに暮らしている。そこにはレストランのような機能的で広々としたキッチンがあり、庭では料理に使う野菜やハーブを育てている。料理人として、自立しているという自負があるウージェニーは長年、ドダンの求婚のプロポーズを断り続けてきた。そんな折、彼女に異変が起こる……。
ウージェニー役はフランスを代表する女優でオスカー女優でもある、ジュリエット・ビノシュ。彼女の恋人で美食家ドダンにはブノワ・マジメル。驚くことに2人の調理シーンは1カットで撮られている。「塩をとって」と言おうとする前に塩を渡されるような、誰が見てもわかる、2人の阿吽の呼吸。一朝一夕にはできない関係性だが、実はビノシュと10歳年下のブノワは1999年に『年下のひと』で共演しており、その後、女児を設けている。現在は破局しているものの、実際にも20年以上の付き合いの2人だからこそ、築けた絆だと言えるだろう。
料理監修は三つ星シェフで「厨房のピカソ」と呼ばれる天才肌のピエール・ガニェール。メニューを自らすべてチェックし、撮影前に全ての料理を試作したそうである。ユーラシア皇太子のシェフ役としても出演も果たし、「これまで、仕事環境について、よく文句を言ってきたが、私の人生において、これが一番だ」と笑っていたらしい。さすが至高を求める監督、スタッフにも容赦ないのだ。
手間暇はできるだけ、かけたくないという今の日常の料理感覚とはまるで違う料理の世界がここにはある。真剣に相手を思い、念入りに試行錯誤し、それでいて素朴な味を作り上げることの難しさ。まさしく料理が芸術であった頃。
同じように今ではスマートフォンひとつで誰でも簡単に映画が作れる時代。そんななか、トラン・アン・ユン監督はまるで逆行するかのように、今ほど便利でなく、物も溢れていなかった昔の豊かさ、贅沢さをじっくりゆっくりと描く。それこそが映画が芸術である所以だと監督は伝えたいのではないだろうか。
『ポトフ 美食家と料理人』は料理をテーマに芸術とは何なのかに触れる逸品。手の込んだ料理のように味わい深く、いつまでもその余韻を楽しめる。
2023年12月15日(金)
Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、ほか全国順次公開
Trần Anh Hùng 1962年、ベトナム生まれ。1975年、ベトナム戦争から逃れ、両親、弟と共にフランスに移住。1987年、エコール・ルイ・リュミエールにて映画制作を学ぶ。1993年、フランスのスタジオにセットを組み、ベトナムのサイゴンを再現した『青いパパイヤの香り』で長編映画監督デビュー。カンヌ国際映画祭に出品され、カメラ・ドール(新人監督賞)とユース賞を受賞、フランス国内でも絶賛され、セザール賞新人監督作品賞を受賞。監督2作目『シクロ』(95)でヴェネチア国際映画祭において最年少で金獅子賞を受賞。2010年、村上春樹の『ノルウェイの森』を映画化、日本で撮影した。
WRITER
髙山亜紀
フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。
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Composition: Kyoko Seko
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