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3時間半という類を見ない超大作、マーティン・スコセッシ監督の「キラーズ・オン・ザ・フラワームーン」。歴史が幾度も繰り返してしまう悲劇、そして学ばない人間の業の深さを、レオナルド・ディカプリオが導いてゆく。美少年から、豹変自在のキャリアを積み上げ、清濁備えた名優は、今回さらに進化。役そのものになりきった作品に引き込まれずにいられない。
レオナルド・ディカプリオと聞いて、思い浮かぶのはどの時代のどの作品の彼の姿だろうか。ジョニー・デップの弟役で注目された『ギルバート・グレイプ』(1993)、ベルリン映画祭最優秀主演男優賞に輝き、大ヒットした『ロミオ&ジュリエット』(1996)、悲願のアカデミー主演男優賞を手にした『レヴェナント:蘇えりし者』(2015)も記憶に新しい。
とはいえ、きっと多くの日本人が『タイタニック』(1997)の頃のレオを思い出すことだろう。若さ、美しさが最高潮だったレオは一躍、スターダムをのし上がり、日本でも「レオ様」ブームを巻き起こした。
ところがそんなアイドル的人気が裏目に出たのか、秀でた演技力が注目されることなく、アカデミー賞最多ノミネート14部門、最多受賞11部門の『タイタニック』でなんとレオだけ、ノミネートすらされないという憂き目に遭う。
悔しさからだろうか。その後、演技派へとシフトチェンジした彼は次々と難役をこなし、今や大物俳優。48歳の現在はレオ様と言われた頃とは別人のようである。
今年5月にカンヌ国際映画祭でお披露目された最新主演映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』もまた、アカデミー賞最有力の呼び声高い作品。最悪のクズ男に扮したレオに美少年の面影はもはや微塵も感じられない。
ネイティブ・アメリカンの部族、オセージ族はオハイオ川とミシシッピ川流域から追いやられ、オクラホマ州の「インディアン準州」に移る。1894年に石油が発見されると、部族は鉱業権を保持したまま、開発業者に土地を貸し出し、とてつもなく裕福になった。
が、あからさまに差別的な“後見人”制度で、何十人ものオセージ族が不可解な死を遂げる。1923年、FBIはオセージ族の要請を受けて調査を開始。FBI創設後、最古の殺人事件の一つになるが、被害はあまりにも甚大だった。
原作は作家・ジャーナリストのデイヴィッド・グランによるノンフィクション「花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」。ディカプリオは本が出版される前に原稿の選択権を獲得。『ギャング・オブ・ ニューヨーク』(02)、『ディパーテッド』(06)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13)などで組んだマーティン・スコセッシ監督に企画を持ち込んだ。
本作でレオが演じているのは第一次世界大戦の退役軍人、アーネスト・バークハート。有力者の叔父を頼り、職を求めて、オクラホマ州フェアファックスの油田地帯にやってきた。叔父のアドバイスで裕福なオセージの一家と婚姻関係を結んだ彼はやがて、叔父の指図するまま、妻の姉妹、義理の兄弟、従兄弟、さらに母親の殺害にまで加担していく。
妻は愛している。でも、子どものために財産を残したい。他の親戚には一切、渡したくない。殺人は嫌だ。でも、「インディアンは別」。
アーネストは短絡的で人種差別的な思考の持ち主だ。それでいて、どこかチャーミングでもある。自分や家族の身が危ういと訝りながら、オセージ族の妻は彼に抗えない。まさしくレオにしか演じられない役どころだろう。
企画時、レオは殺人事件を解決した英雄的なテキサス・レンジャー兼FBI捜査官を演じる予定だった。そうはしなかった彼の俳優的勘の鋭さと使命感。時代に埋もれていた恐ろしい事件。人種差別が起こしたとんでもない悲劇を昔の西部劇のように白人のヒーローが解決して終わりで、いいわけがない。『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012)でも白人至上主義の非情な農園主を怪演したレオは小手先の好感度なんて求めてはいない。
結果的にロバート・デ・ニーロ演じる叔父の口車に乗せられ、次々と悪事に手を染める軽率で自堕落な小悪党になりきってみせた。
その風貌がまるで『ゴッドファーザー』(1972)の時のマーロン・ブランドのようと話題だ。特に眉間に皺を寄せ、顎を突き出した表情の貫禄ときたら。奇しくもマーロン・ブランドも『ゴッドファーザー』撮影時、現在のレオと同じ48歳だったという。
ちなみに『ゴッドファーザー PART II』でマーロン・ブランドの若い頃を演じていたデ・ニーロがここではレオの叔父に扮している。デ・ニーロがスコセッシと組むのは本作が10作目。レオとスコセッシは6度目。意外にもスコセッシ、レオ、デ・ニーロの三人の顔合わせは今回が初めてだそう。レオとデ・ニーロは『ボーイズ・ライフ』(1993)以来、約30年ぶりの共演となる。
「お前のためだ」と裕福な部族の娘との婚姻を唆す叔父。最初は興味本位だった甥が次第に家族である妻への愛に目覚めると、叔父の裏の顔が露わになる。学校や教会を建て、周囲から絶大な信頼を得ていた、有力者だった男がなりふり構わず、甥を窮地に追い込もうとする。果たして、信じられるものは愛か、血か、財産か。人間の業の深さの闇にグイグイと引きずり込まれるサスペンス。
上映時間3時間26分という尺もニュースだが、長くは感じない。10月20日から世界同時劇場公開された後、Apple TV+にて配信も決まっているが、長さがあってこそ生まれる重厚感は劇場で一気に見ることをお勧めしたい。
劇場公開中。AppleTVで配信中。
レオナルド・ディカプリオ/ Leonardo Wilhelm DiCaprio 俳優、映画プロデューサー、脚本家、環境活動家。
10代から活動を始め、1991年、映画『クリッター3』で映画デビュー。1993年、『ギルバート・グレイプ』により、19歳でアカデミー助演男優賞ノミネート。1997年、出演映画『タイタニック』でスターに。2002年、マーティン・スコセッシ監督作『ギャング・オブ・ニューヨーク』でアカデミー主演男優賞ノミネート。2004年、『アビエイター』でスコセッシと再び組み、アカデミー主演男優賞ノミネート。2013年、スコセッシと再び組んで、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』で製作・主演、アカデミー賞では主演男優賞に加え、プロデューサーとして作品賞にもノミネートされる。2015年、『レヴェナント:蘇えりし者』でついにオスカー俳優に。
WRITER
髙山亜紀
映画ジャーナリスト。現在は、ELLE digital、花人日和、JPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。
STAFF
Movie Journalist: Aki Takayama
Composition: Kyoko Seko
画像提供 Apple
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