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平野:主役として妻夫木さんの顔が思い浮かんだのは、どのくらいのタイミングなんですか。
石川:城戸は聞き役であり、狂言廻しで、下手すると聞いているだけの人になってしまう恐れがあるけど、最終的には物語の主役として中央に出てこないといけない。そういう人って誰かいる? と向井さんと話しました。『愚行録』のイメージから、そのときに妻夫木さんを思い浮かべました。妻夫木さんはすごいスターで、唯一無二の存在感があるんですけど、同時に透明になることもできる。聞き役として全然邪魔にならないけれども、その存在は忘れられない。すごく特殊な佇まいでシーンの中にいられる珍しい役者だなと思っています。
平野:妻夫木さんは文学作品が原作の映画によく出られていて、『愚行録』もそうですし、吉田修一さんの『悪人』や三島由紀夫の『春の雪』も出られているのですが、最終的に日常生活から逸脱してしまいますし、狂気とある種の平凡さみたいなものを隣り合わせに持ったような人間を演じられていますね。城戸の場合は、結局そこまではいかない人物なので、ある意味では逆に『愚行録』とかより存在感や強い印象を残すのが難しかったのではないかと思いました。
石川:妻夫木さんとは今回、「分人主義」ということも共有しました。各シーンに誰を相手役として置くかで、城戸が変わっていく。笑う時には笑って欲しいし、リラックスするときにはちゃんとリラックスしてほしいとお伝えしました。そういう意味で、同僚役には小藪さんをキャスティングしたし、妻夫木さんに何日も子役と遊んで時間を共有してもらって、自然なお父さんの笑顔や城戸のキャラクターを引き出せたかなと思います。
──ここから、読者からの質問を伺います。
石川:多分、あと1時間あっても今と大幅には変わらないだろうと思います。ただ泣く泣く落としたのは、美涼(「X」のかっての恋人)と城戸の新幹線のシーンです。結構お金をかけて新幹線のセットを作り、縦5m、横10mくらいの大きなLEDパネルのスクリーンの前でふたりが話しながら、大人の恋愛を感じさせるようないいシーンが撮れたんです。ただ、このシーンの前に、既に城戸と美涼のベクトルが近づいてきているのが、ほのかに伝わっていると感じたので、蛇足だと思いました。本当に役者さんが良すぎて、思ったよりも前のシーンで片がついちゃったというか。
石川:小見浦と城戸が「X」について話す場面が、城戸の中で「人探し」が「自分探し」に変わっていくきっかけになると思っていたので、あの場面ではリアリティは求めずに、むしろ城戸の内面世界として描きました。妻夫木さんと、どのくらい感情を出すべきかも議論しました。映画の中で役者が泣き叫ぶみたいなのは、妻夫木さんも僕も好きではなくて、むしろ感情を押し殺すような感じで何テイクか撮ったのが、横顔がアップになるシーンです。
しかし、柄本明さんが演じる小見浦のパワーがすごく強くて、これはもう城戸が声を荒げないとバランスがおかしくなると思って、妻夫木さんに「ちょっと1回やっちゃいましょう」と追加して撮ったのが、声を荒げるシーンでした。
平野:あの場面はすごく印象的で、ちょっと原作を凌駕しているんじゃないかと感じました。あと、里枝とある男が幸せだった時代が、小説では導入くらいの短さで書いていますが、映画ではかなりしっかり描かれていたのがよかったですね。
石川:やっぱり、役者さんの表情でしょうか。映画では、ストーリーやロジックを超えて、役者さんのこの表情で全てが成り立つ、というときがあります。今回なら、先ほどの小見浦と城戸の表情や、最後で里枝が報告書を読む表情です。平野さんの原作のこういうところが、この表情を意味しているのか、と見てもらえればいいと思います。
平野:ご多忙の石川さんに今日はお越しいただいて、いろいろ質問をすることができてすごく楽しかったです。本当にいい映画に仕上げてくださってとても感謝してますし、また皆さんが観てくれてることはとても嬉しいです。
石川:今日は本当に楽しかったです。平野さんとは何回か対談させてもらってますけど、あらためてじっくりと話ができたのはすごく嬉しかったです。映画は公開してますけれども、今だけじゃなくて5年後10年後も皆さんに観てもらえているといいなと思います。『本心』もすごく面白かったので、誰が映画にするのかなと思っているんですけど、将来的にまた平野さんの小説を映画化する機会をいただけたら、ぜひお受けしたいなと思っています。
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1975年愛知県・蒲郡市生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作ごとに変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。著書に、小説『葬送』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』など、エッセイ・対談集に『私とは何か「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』など。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計60万部超のロングセラーに。『空白を満たしなさい』が原作の連続ドラマが2022年6月よりNHKにて放送。『ある男』を原作とする映画が2022年秋に公開、と映像化が続く。作品は国外でも高く評価され、長編英訳一作目となった『ある男』英訳『A MAN』に続き、『マチネの終わりに』英訳『At the End of the Matinee』も2021年4月刊行。「自由死」が合法化された近未来の日本を舞台に、最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子が「自由死」を望んだ母の<本心>を探ろうとする最新長篇『本心』は2021年に単行本刊行。ミステリー的な手法を使いながらも、「死の自己決定」「貧困」「社会の分断」といった、現代人がこれから直面する課題を浮き彫りにし、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点。2023年、構想20年の『三島由紀夫論』を遂に刊行。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品を精読し、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じた。三島の思想と行動の謎を解く、令和の決定版三島論。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Junko Tamura
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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