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人力車に乗ったことがある方は、どのくらいいらっしゃるだろうか。東京では浅草などで外国人観光客が和服姿で乗っているイメージで、日本人には無用の長物と感じているのでは?いやいや、日本人こそ乗った方がいい。じつはこのアナログな乗り物を究めた人たちが京都にいる。そのラグジュアリーな中身とは?
人力車の歴史は意外と浅く、起源は明治時代初頭といわれる。すぐに人気の交通手段となったものの、鉄道や自動車の普及により、昭和の初期から減少し、観光に用いられるようになったのは1970年ごろからといわれている。いまでは、浅草や鎌倉など観光地でよく見かけるようになったが、利用しているのは外国人観光客か日本人なら若いカップルだろう。
ところが、いま熱い視線が注がれているラグジュアリーな人力車が京都にある。なんでも従来のイメージを覆すもので、値段はハイヤーより高い、でもその価値が十二分にあるのだとか。そんな噂を聞きつけて、話題の「忍者屋」の人力車に乗れることになった。
この日、南禅寺近くの某お寺で特別な昼食をいただいていたのだが、その会場に人力車「忍者屋」のスタッフ=俥夫が迎えに来てくれた。我々は総勢4名、これに対して2台の人力車が用意され、二人ずつ乗り込む。
「どうぞ、お足元にお気を付けてお乗りください」
精悍ながら笑顔の眩しい俥夫が手取り足取り、乗り方を教えてくれる。行きがかり上、男二人で乗ったのだが、意外にも狭く感じず、乗り心地が良い。聞けば、この人力車はゼロから製作したもので、一般的なものより座席の幅が広く取られていて、シートには国会議事堂でも使用されている金華山生地を使っているという。
人力車は、車輪の付いた座席を棒(梶棒)で引っ張る簡単な構造ながら、その名の通り人間が引いて進むため、乗り心地には俥夫の経験値が反映される。通常、半年以上修業を積まないとスムースには走行できないそうだ。
大の男二人がよいしょと乗り込むと、タクシーやハイヤーなど自動車よりも視線の位置が高い気がする。
いよいよ出発。今日の目的地は、祇園・八坂エリアにある長楽館だ。
走り始めると「おお、いい風ですね」「全然揺れないじゃない」「気持ちいいかも~」と感嘆の言葉ばかり口に出る。
「じつは揺れないように走るための技があるんですよ」と俥夫のスタッフが走りながら話してくれた。要は、俥夫の腕が車のサスペンションのように柔軟に細やかな動きをすることで、振動を軽減し、滑らかな走行を可能にするのだとか。そんな細やかなテクニックがあるとは想像しなかった。肘を傷めないのかな?
「我々は慣れているので大丈夫です。秋の紅葉シーズンなどは、多い日には1日に40キロをご案内することもあります」
驚きの話を聞きながら、南禅寺エリアを走り抜ける。自動車と違い、ダイレクトに風を感じることができて清々しい。これからの季節、早朝や夜の走行も良さそうと想像してしまう。


人力車は、マラソンランナーよりは遅いかもしれないが、すいすいと高級住宅地を抜けて行く。自動車で移動するよりも、周囲の環境や景色の変化をじっくりと観察できる。私は京都で生まれ育ち、十代の頃はこの閑静な南禅寺界隈を自転車で回っていたものだが、こんなお屋敷が立ち並ぶ場所は認識していなかった。あの細川家の別邸もある。


この辺りは、琵琶湖疏水から水を引いて、庭園に生かしている施設が多い。特に有名なのが、明治時代の元老・山縣有朋の別荘であった無鄰菴(むりんあん)。名庭師、七代目小川治兵衛による東山を借景にした池泉回遊式庭園は、季節によりその表情は日々変化し、訪れるたびに心が和む。
が、こうした名所とは別に、走る人力車の上から様々な発見も。お屋敷街を細い水路が流れているのを見つけた。疎水の分流のようで、これは普通に観光していたら出会わない風景だ。
無鄰菴の横を抜け、神宮通へ。ここから南方向へは坂道できつそうだが、ベテランの俥夫は慣れたもの。難なく進み、粟田口の青蓮院門跡の前を通り抜ける。
「この大木をご覧ください。樹齢は800年以上といわれている楠です」
なんと、鎌倉時代からの巨大な古木とは。圧巻の木立がつくるシルエットの中を涼やかに駆け抜けていく人力車。ところどころで俥夫から知られざるエピソードを聞いているうちに、知恩院から円山公園へ。目的地の長楽館に到着。


じつは、この日のプランは人力車に乗車する前後に、特別なイベントが組まれていた。最初は南禅寺側にある光雲寺で昼食会。光雲寺は七代目小川治兵衛による庭園があるものの、通常非公開なのだが、特別な計らいで庭園を眺めながらシャンパンとともに一流の料理人による京料理を楽しむ。
そして人力車で向かった長楽館では、同館のスタッフが格調高い館内を案内してくれ、さらに通常は非公開の空間も見学させてもらった。
つまり、この「忍者屋」は、単に人力車に乗るだけではなく、顧客のリスクエストに合わせてスペシャルなプランを組んでくれる、いわばコンシェルジュのような旅行サービスなのだ。


「忍者屋」を運営する株式会社KAGARIBIの代表取締役社長・稲場康祐さんに話を聞いた。
「私たちは以前、別の人力車の会社で俥夫をしていて、数多くのお客様をご案内してきました。独立して2020年3月に新たに創業した途端にコロナ禍になり、私どもは太陽光発電など別の事業で凌いでいましたが、観光客が来なくなった京都はとても厳しく、商品を販売する店舗や伝統的な工芸品を作る職人さんらは廃業の危機に瀕していました。愛する京都の街を救いたい一心で、webで京都の商品が買えるようにし、クラファンも実施。大阪関西万博を機に、様々なご縁が繋がり、昨年の秋に新たな人力車の事業をスタートしました。
コンセプトは、一生心に残る旅をお客様と一緒につくりあげること。私たちが今までに京都でつくりあげてきた信頼と人脈、横のつながりで、通常ではできないような“京都体験”を、完全オーダーメイドでご提案させていただきます」
非日常を感じるためのツールが人力車で、ハレの日や人生の節目で利用する場合、一生の思い出になるような旅行プランを組み立ててくれるわけだ。
「私たちは地域の外交官のつもりで、日々尽力しております」
なるほど、これは頼もしい。今回、体験させていただいたのは、稲場さんが持っている手の内のほんの一部。他にも想像できないような驚きのプランがつくれそう。今後、観光で京都を訪れるなら、忍者屋の人力車にお願いすれば、稀有な体験ができるかも。

STAFF
Writer:Indy Fujita
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