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世界から注目されているジャパニーズウイスキー。今では、日本国内のウイスキーの蒸留所は100カ所にも及ぶという。なかでも、焼酎文化の根付いた九州地方には、20カ所以上のウイスキーの蒸留所が集中している。ウイスキーの本場・スコットランドでは、現在、約150カ所の蒸留所が稼動しており、伝統的に、ハイランド・スペイサイド・アイラ・アイラインズ・ローランド・キャンベルタウンという6つの産地に区分されてきた。産地区分は、歴史や地形に起因する産地ごとの味の違いを愉しんだり、産地のなかでお気に入りの蒸留所を見つけるといった愉しみをもたらした。今回は、九州地方にある3つの蒸留所をご紹介。ジャパニーズウイスキーも、産地ごとに愉しむ時代がくるかもしれない。
薩摩半島の西海岸に位置する鹿児島県日置市。日本三大砂丘の一つである吹上浜から眺める東シナ海の海岸線は、どこまでも続く。その雄大な景色に、焼酎の可能性を見出したのだろうか。1883年に日置市で創業した小正醸造の2代目・小正嘉之助氏は、戦後の食糧難の時代、焼酎の樽熟成を試みたのである。嘉之助氏は、ウイスキーやブランデーといった蒸留酒のように、焼酎も樽熟成を行えば更に美味しくなると考えたのだ。1951年より米焼酎の樽熟成を始め、1957年に6年貯蔵を行った日本初の樽熟成焼酎『メローコヅル』を発売した。
祖父の熱意を継いだ4代目・小正芳嗣氏は、焼酎の海外展開に尽力する中で、酒販店の棚やバーのメニューに“焼酎”というカテゴリー自体がない現実に直面する。そこで、世界共通言語であるウイスキーに、自社の蒸留技術と樽熟成の知見を取り入れ、世界に発信しようと決意。スコットランドで技術を学び、2017年、東シナ海を見下ろす小高い丘に、ジャパニーズウイスキーを製造する嘉之助蒸溜所を稼動させた。
嘉之助蒸溜所は、クラフトディスティラリーには珍しく、3基の異なるポットスチルが備わっている。これにより、多彩な香りや味わいのスピリッツを造り分けることができるのである。
嘉之助蒸溜所からは3種類のスタンダード製品がリリースされているが、まっ先に味わって頂きたいのは、『シングルモルト 嘉之助』。樽熟成焼酎『メローコヅル』に使用していたアメリカン・ホワイトオークの樽で熟成したウイスキーをキーモルトに用いている。ウイスキーとしての骨格はしっかりとありながら、焼酎樽由来の米の旨味をまとい、甘栗やべっこう飴のようなホッとする甘さと、ニッキのようなスパイシーさを感じさせる。“和”のニュアンスを愉しめる、ジャパニーズウイスキーならではのおいしさといって良いだろう。『メローコヅル』と飲み比べると、『シングルモルト 嘉之助』に潜む“和”のニュアンスを更にひろえるようになるのでお勧めだ。ハイボールにするとミネラル感が現れ、吹上浜から眺める東シナ海を感じさせる。
嘉之助蒸溜所は、見学ツアーも充実。東シナ海を一望できる『THE MELLOW BAR』では、テイスティングもできる。焼酎を進化させ、ジャパニーズウイスキーの新しいおいしさを育んだ雄大な海。どこまでも続く海岸線を見ていると、新しい景色を描きたくなる。
薩摩半島の南西部の山あいに位置するマルス津貫蒸溜所。運営するのは、1872年創業の本坊酒造。1909年に焼酎造りから酒造業に乗り出し、1949年にはウイスキーの製造を開始。長野県・木曽駒ケ岳の東麓にあるマルス駒ヶ岳蒸溜所は、蒸留休止を乗り越え、2011年に蒸留を再開した。そして、2016年、本坊酒造創業の地である津貫に、マルス津貫蒸溜所を新設したのである。
「酒造りの中で、その地方にあるものを価値化したい」との想いから、マルス津貫蒸溜所は“ディープ&エネルギッシュ”をコンセプトにウイスキー造りを行っている。マルス津貫蒸溜所は山々に囲まれた盆地にあり、周囲を彩る濃い緑は生命力を感じさせ、まさに“ディープ&エネルギッシュ”。その酒質をかなえるために、ポットスチルは背が低くどっしりとした形状に、ポットスチル上部のラインアームの角度は下向きに設計して、重いフレーバーを回収できるようにした。さらに、ポットスチルから出てきたアルコール蒸気を冷やして液体にする工程では、ワームタブという伝統的な銅製の冷却器を採用。ワームタブは、水を張った大きな桶の中に銅管が螺旋状に張り巡らされた構造になっており、アルコール蒸気は銅管を通って冷やされる。アルコール蒸気と銅との接触面積が少ないため、厚みのあるスピリッツになるのだ。
マルス津貫蒸溜所は、2022年から『シングルモルト津貫』を、その年のエディションとしてリリースしている。『シングルモルト津貫 2024 エディション』は、世界的に権威のある英国のコンペティションWorld Whiskies Awards2025で、日本最高賞であるベストジャパニーズ シングルモルトに輝いた。その最新作が、『シングルモルト津貫 2025 エディション』だ。毎年、ブレンドの際には、3年以上の熟成を経ている樽を全てテイスティング。今回は、約2,000樽をテイスティングし、フレーバーごとに76個のグループに分け、そこからブレンドのレシピを考えていったという。『シングルモルト津貫 2025 エディション』には、3年から7年と幅広い熟成年数のウイスキーがブレンドされており、多層感あるフレーバーが特長。ロックで味わうとフレーバーがほどけていき、赤いフルーツのフレッシュな甘みと、熟した金柑のような芳醇さ、そして控え目に香るスモーキーな余韻が愉しめる。酒質がしっかりとしているからこそ、ロックでも、ゆっくりと味わえるのだ。
マルス津貫蒸溜所には、本坊酒造二代目社長・本坊常吉が暮らした邸宅をリノベーションした建物『寶常』(ほうじょう)が隣接。1933年に建築された伝統的な木造建築の和風平屋建て邸宅は、ショップやカフェバーとして開放されている。季節ごとに表情を変える庭園の景観を眺めながらウイスキーを味わうと、津貫という土地の魅力が、より一層感じられる。
福岡空港から南東に車で1時間弱。大分県との県境に近い福岡県朝倉市で、2021年に稼動したのが新道蒸溜所だ。筑後川にほど近い一帯は水田に囲まれており、水に恵まれた土地であることがうかがえる。新道蒸溜所から2kmの筑後川のほとりには、現存する日本最古の水車”三連水車”が、江戸時代から稼動し続けている。新道蒸溜所の運営会社である篠崎は、約200年前・江戸時代後期に日本酒蔵として発祥したルーツを持つ。朝倉の地下水は鉄分が少なく、酒造に適しているのだという。
老舗の日本酒蔵らしく、新道蒸溜所はウイスキーの製造工程において、酵母に特にこだわりを持っている。管理しやすいドライ酵母を用いる蒸留所が多いなか、小規模な蒸留所ならではの味わいを目指し、プニプニとした弾力のあるプレス酵母を用いている。毎月、スコットランドから冷蔵便で空輸してくるのでコストもかかるが、華やかでフルーティーなエステル香の生成には欠かせないのだという。さらに、独自に開発した酵母も使用。ラクトン香といわれる、重たく甘い香りも生成し、重層的なフレーバーのウイスキーを目指している。
こうして造られた熟成年数3年未満のスピリッツは、World Whiskies Awards 2025で部門最高賞を受賞し、3年の熟成を経たジャパニーズウイスキーのリリースが注目されていた。そして、満を持して、2025年6月14日に発売されたのが、新道蒸溜所・初となるシングルモルトのジャパニーズウイスキー『SHINDO EXPERIMENTAL 01』だ。約100パターンのブレンドサンプルを造り、そのなかから、新道蒸溜所が目指すミルキーでファッティーなハウススタイルを体現しているブレンドが採用された。
香りは、杏子や枇杷といった黄色いフルーツが華やかに広がる。ひとくち飲むと、ココナッツのような甘さと、バターサンドのような濃厚な味わいが愉しめる。ほんのりスパイシーな余韻が続き、3年熟成とは思えない飲みごたえだ。オイリーなテクスチャーながらも、白檀のようなオリエンタルなフレーバーを感じるのは、アクセントに用いたミズナラ樽熟成のウイスキーの影響だろう。少し加水をすると、ミルキーな甘みがさらに広がり、奥から麦の香ばしさが顔をのぞかせ、どこか懐かしい気持ちになる。
新道蒸溜所は見学ツアーも行っており、製造工程を間近で見学した後は、併設するSHINDO LAB STANDで、ウイスキーを自分でボトリングするハンドフィル体験もできる。
新しい道への挑戦が、いつしか、王道になるのかもしれない──。
Heiando Bar(平安堂Bar)
宮内庁御用達の漆器 山田平安堂が営む、漆塗りのカウンターが印象的なバー。蒔絵が施されたグラスでウイスキーを飲むといった、漆の新しい愉しみ方を体験できる。撮影で使用した個室は、光る畳や、貴重な漆の調度品が設えてあり、趣のある空間。
東京都港区六本木4-10-5-2F
営業時間:月曜日~土曜日 17:00~25:00(最終入店は24:00)
定休日:日曜日・祝日
料金:チャージ 1,000円/1人、畳個室は1,500円/1人、ウイスキー 1,500円~、カクテル 1,500円~(サ―ビス料込)
03-6804-6388
https://www.heiando.com/sp/bar.htm
漆器山田平安堂
『トロフィーグラス(ロングカクテル)しぶき(金彩)』『トロフィーグラス(ロングカクテル)しぶき(銀彩)』。ノーベル賞の晩餐会でも使用されている、スウェーデン王室御用達のクリスタルブランド・オレフォス(Orrefors)のグラスに、職人が蒔絵を施した逸品。手にフィットする曲線を描くグラスと、躍動感のある蒔絵が美しい。金彩と銀彩の2色展開。希望小売価格は1客19,800円。
『ロックグラス しぶき(金彩)』『ロックグラス しぶき(銀彩)』。ノーベル賞の晩餐会でも使用されている、スウェーデン王室御用達のクリスタルブランド・オレフォス(Orrefors)のグラスに、職人が蒔絵を施したロックグラス。蒔絵は立体感があり、奥行きのある煌めき。金彩と銀彩の2色展開。希望小売価格は1客19,800円。
株式会社 山田平安堂
03-3464-554
https://www.yamada-heiando.jp/c/0000000295/0000000105/longcocktail-shibuki
https://www.yamada-heiando.jp/c/0000000295/0000000105/rocksglass-shibuki
●掲載商品の価格はすべて、税込み価格です。
AUTHOR
慶應義塾大学を卒業後、ラグジュアリーブランドに総合職として入社。『東京カレンダーWEB』にてライター・デビュー。エッセイスト&オーナーバーマンの島地勝彦氏に師事し、ウイスキーに魅了され、蒸留所の立ち上げに参画。ウイスキープロフェッショナルを保有し、酒類コンペティションの審査員も務める。公社)日本観光振興協会 日本酒蔵ツーリズム推進協議会 会員。
STAFF
Photos: Ai Tanaka
Writer: Arisa Magoshi
Editor: Atsuyuki Kamiyama
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