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芥川賞作家・中村文則による原作「火」を瀧内公美の一人語りで映画化した『奇麗な、悪』。日本映画人気を支えてきた彼女が満を持して一人芝居に挑戦。大河ドラマ「光る君へ」での恐妻ぶりも話題だった彼女が悪女について、思うこととは。
一人の女が一軒の洋館にたどり着く。吸い込まれるように入っていったそこはかつての精神科医院。「火の…火の話から始めることにします」。彼女は語り始める、幼少の頃、カーテンに火を放った事件のことから。芥川賞作家・中村文則による原作「火」を瀧内公美の一人語りで映画化した『奇麗な、悪』。日本映画人気を支えてきた彼女が満を持して一人芝居に挑戦。「原作の通りではあるけど、これはひとりの女性が、話しているだけの映画。なのに、これほどまでに、引き込まれる。瀧内さんは実に見事だった」と原作者も絶賛。大河ドラマ「光る君へ」での恐妻ぶりも話題だった彼女が悪女について、思うこととは。
── 一人舞台は観たことがありますが、映画全編を通して、ひとりの女性しか出てこないというのは、なかなかない画期的な作品だと思いました。オファーを受けた時はどんな感想を抱きましたか。
瀧内公美(以下、瀧内):「女性の一人語りを“映画で”というのは、観たことがないですよね。原作小説(中村文則『火』)は一度、映像化(桃井かおり監督・脚本・主演の『火 Hee』)されていますし、舞台(三木美智代による『業火』)でも演じている方がいらっしゃいます。ひとりの女性が延々と喋り続けていて、映画として成立するのだろうか。でも一人芝居の経験もないですし、挑戦してみたいと思いました」
──瀧内さんは『火口のふたり』(19)、『由宇子の天秤』(21)など、チャレンジングな役どころに度々、果敢に挑んでいる印象があります。実際にはどんな思いなのでしょうか。
瀧内:「やったことのないことをやるのはすごく楽しみなんです。自分がやったことのないジャンルだったり、自分が出演しているところを想像するのが難しいような作品をやることに非常にやり甲斐を感じます。もちろん、怖いなって思うこともありますけど、それ以上に楽しみが勝っていますね」
──原作小説の「火」を読んでいた時に空恐ろしさを感じた女性が映像で瀧内さんが演じることによって、「もしかしたら自分にも」と身近にも見えました。どんなことを大切に演じていたのでしょうか。
瀧内:「どんなところに怖さを感じましたか?」
──人ってここまで残酷になれるんだろうか、ということでしょうか。
瀧内:「劇中、女性がずっと一人語りをしているんですけど、これだけ語っている彼女が“語らないこと”って何なんだろうって、私自身は思っていました。とにかく、この人は余計なことを言わないんです。ユーモアも全然、ない。ただ、客観的に見て、彼女は自分の人生に真剣に向き合ってきたんだろうなっていう感触が私の中にありました。あんなに悲惨な出来事を彼女は事細かに覚えている。ということは、自分の中では既にもう処理できてしまっているのではないかなと思ったんです。精神的に止まってしまうと、きっと何も言えなくなってしまったりするはずです。原作の小説を読んでいる時にも思ったのですが、彼女は途中で何度か、医者に対して、『先生、そうですよね?』と反応を伺ったりしているんです。それが彼女のいやらしさでもあり、奥底に眠る孤独というのか、そんなものを感じながら、演じていました。後はあんまり暗くなりすぎずにやりたいなっていう気持ちがありました」
──暗い、ですか。
瀧内:「辛い胸中や苦しいエピソードを悲壮感たっぷりに話すひとってあまりお見かけしたことがないんですよね。だから、起こった出来事は悲惨ではあるけれど、印象としてはあんまりそっち側に引っ張られずにやりたいなっていう気持ちはずっとありました」
──確かに言われてみるとそうかもしれません(笑)。
瀧内:「話を聞いているうちにだんだんとのめり込んでいくようになってもらえたら、こちらとしては挑戦して良かったなというような気持ちでいました。個人的なことになってしまいますが、常々観に来てくださるお客様、映画ファンの方々に対して、裏切ることはできないと思っています。その思いと皆さんの応援があるから、私は頑張れています。だから今回も映画館に観にきていただいて、また瀧内からパワーをもらったなって思ってもらいたい。極私的な思いも含めて、いろいろ考えていました」
──瀧内さんは映画だけでなく、ドラマでも悪女だったり、ヒロインに敵対するようなキツい性格の女性を数多く演じています。毎回、そんな風に俯瞰で自分の演技を見ているのですか。共感などはどのような感覚なのでしょう?
瀧内:「私としては悪女と言っても、結果的にそう見えたらいいなと考えているんです。悪女だから、悪くやるぞなんて、いやらしいし、下品だなって感じがします(笑)。本作のこの人にもやはり、正義というものはあって、その正義を振りかざしてしまったときに、それが暴力となってしまうこともある。だから、結果的に悪になってしまう。そういうことってあるなって私は常日頃、思っているので、それがより強く出れば、より悪女に見えているのかもしれません。演じるときは、入り込むというより俯瞰が強いですね。」
──彼女が人生をいろいろ振り返るなか、後ろ盾がないとここまで生きづらいのか、生きられないものなのかというような、女性としての生き方を考えさせられました。同性として、彼女の人生をどう思われましたか。
瀧内:「同性として考えることはあまり、なかったかなと思いますね。彼女は自分で選択してそうなってしまっているんですよね。類は友を呼ぶではないですけれど、彼女がどこか同じ匂いのするような相手を選択していなければ、そこに行く必要はない。だけど、そこを選択せざるを得ない環境だった。もしくはそこを自分で無意識のうちに選択しているのか、どちらかだと私は思っています。実際、彼女はどうやって生活していたのかっていうところはあんまり見えなかったりするわけです。体を売っていたというような話はしていますが、途中から、彼女は果たして、本当のことを言っているのか、どうなのかなって思ったりもするんです。私は彼女が語っていることが全部、本当だとも思っていないですね」
──なるほど。
瀧内:「逆に言えば、彼女の幼少期の欠落みたいなものが舌先三寸ではないですけど、話を大きくしてしまっているような気もするんです。本当と嘘を織り交ぜているような感じがしているから、そんなこともあるんじゃないかなと本当のようにも聞こえてくる。“こんな環境だから、そうせざるを得なかった”“いや嘘なんじゃないか”というような、両極を行き来する形でやっていました。最初の問いに戻りますが、女性だからというより、男性でもそういう悲劇的なことってあるんじゃないかなと思います。多分、彼女の場合、女性性として、性的被害を受けた話が多くなっていますけど、男性もまた、社会の中で山ほど、そういう目に遭うことが多いのではないかとも思います。誰だって、こういう目に遭う可能性があるのではないかなと思っていました」
──東京国際映画祭でグランプリほか三冠に輝いた『敵』、3月28日には『レイブンズ』が公開になり、朝ドラ「あんぱん」の放送も決まっています。魅力的な作品が続きますね。
瀧内:「いただいてから、初めてスタートするようなお仕事ですので、一本、一本、本当に大切にしながら、演じていくことが結果に繋がっていきます。まずは目の前にある作品を大事にすること。それがベースにあるのはこれからも変わりません。最近は海外の作品や合作のオファー、オーディションのお話も、増えてきましたので、積極的に参加していきたいとも思っています。『レイブンズ』はフランス・日本・ベルギー・スペインの合作で、海外の人たちとものづくりをしていくことは自分にとって新鮮で、とても楽しかったです。これだけコンテンツが増えてきましたから、日本人としてできることって何だろうっていうことを探りながら、やっていくのも面白いだろうなと思います。そのためにというわけではないんですけど、お着物はたくさん着ておきたいですね。」
──大河ドラマ「光る君へ。」、すごく素敵でした。
瀧内:「ありがとうございます。私、出身が富山なんですけど、富山県ってやっぱりシネコンがメインなんですね。私は単館系と言われる、首都圏の映画館で主に上映されるような作品に出演してきましたから、どうしても自分が仕事をしている姿を両親に見せることが難しかったんです。今こうやって、大河ドラマや朝ドラのような、全国で見られる作品に参加させてもらって、親孝行させてもらいました。」
──『火口のふたり』で離れられない恋人同士を演じていた柄本佑さんと瀧内さんが「光る君へ」でも共演していたので、前前前世なのかと胸熱な映画ファンもたくさん、いました。
瀧内:「コアなファンの方、ありがたいです。昔なら映画館で上映されて終わりなんですけど、コロナ禍に動画配信サービスが一気に盛り上がったおかげですね。あの作品が配信される日が来るなんてうれしいやら、ちょっと恥ずかしいやら(笑)。世の中って本当にあっという間に変わりますね」
──作品選びはどのようにしているのですか。
瀧内:「作品選びに関しては、これからも自分が魅力的だなって思える作品をやっていきたいなと思っています。後はもう“今、これをやっておこう!”といったような直感ですね(笑)」
──普段から直感で動かれるんですか。
瀧内:「はい。あんまりそんなに深く考えないかも。流れゆくままに。それがいいです(笑)」
──今後の指針を教えてください。
瀧内:「昨年、35歳になったんですけど、将来のことをすごく考えるようになりました。今の時代、どう生きるかは人それぞれですけど、私個人としては結婚や出産はこの年齢だからこそ、意識するようになってきました。健康でいられることを大事にして、生活を整える。生活がきちんとしていないと私は仕事に集中できないので、そこは常に大事にしています」
原作:中村文則
主演:瀧内公美
脚本・監督:奥山和由
公式サイト:https://kireina-aku.com/
全国順次公開中
瀧内公美/たきうちくみ 女優。
1989年10月21日生まれ、富山県出身。 内田英治監督『グレイトフルデッド』(14)で映画初主演。2019年公開の主演作『火口のふたり』で、第41回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞・第93回キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞、2021年公開の主演作『由宇子の天秤』で、第31回日本映画批評家大賞主演女優賞・第31回日本映画プロフェッショナル大賞主演女優賞など、国内外で多くの賞を受賞。近年の主な出演作に、NHK大河ドラマ「光る君へ」(24)、Netflixシリーズ「阿修羅のごとく」(25)、TBSドラマ「クジャクのダンス、誰が見た?」(25)、映画『敵』(25/吉田大八監督)など。出演映画『レイブンズ』が3月28日公開。2025年度前期 連続テレビ小説『あんぱん』で朝ドラ初出演。
MOVIE WRITER
髙山亜紀
フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。
STAFF
Movie Writer: Aki Takayama
Composition: Kyoko Seko
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余計なのもを削ぎ落として、シンプルに、自然体で生きるって、いいなぁとしみじみ思います