レースカーマインドの心意気を、普通乗用車として携える優越

クルマ生活の奥義はMTに宿るVol.4

スピードを上げて、ただ速く飛ばすだけなら誰にでも出来る。そうではなく、公道でゆるやかに走るタイミングであっても、人とクルマがどれだけ奥深くリンクし、一体感を味わえる楽しさがあるか。MTを選びとる理由はそれに尽きると言っても良い。今回は「トヨタGR」シリーズの2台を通じて存分に魅力を享受した。

LIFESTYLE Oct 22,2024
レースカーマインドの心意気を、普通乗用車として携える優越

「かなり“やんちゃ”だから気をつけて」。

周囲のクルマ好きに「今度トヨタGRヤリスに乗るんです」と伝えた際、同じ反応が返ってきた。乗りこむまで、「ヤリスなら大学生の頃レンタカーを皆でよく相乗りしたな。あの時と同じシリーズか」と、とんでもない勘違いをしていた。猛省して己の右頬の叩いたのは、乗り込んですぐ。続けて、評判通りのやんちゃぶりに左頬を叩いたのは朝早く富士スピードウェイへ向かう道すがらだった。

トヨタGRヤリス

同じヤリスと言っても、「トヨタGRヤリス」はWRC参戦を念頭に置いて、レースに勝つための1台として開発されたスポーツ4WD。今回試乗した「RZハイパフォーマンス」は3モデル中の最高モデルだが、他モデル「RZ」「RC」とともにすべて6速MT・8速ATのグレードが用意されている。オールラインナップメーカーのトヨタとして、そしてスポーツマインドを表現するGRシリーズとして、市販でしっかりMT車を用意した渾身のシリーズとのこと。

トヨタGRヤリス
3ドア・乗車人数4名。5ドアの「ヤリス」と比べて後部座席への開口が狭く乗り降りに手こずるが、座り心地は快適。
トヨタGRヤリス
〈GR=Gazoo Racing〉と〈ヤリス〉のリアエンブレム

まず乗り込むと、ドライビングポジションに驚いた。これまで乗ってきたどのクルマよりも“操縦士感”が強いレイアウト!操作パネルとディスプレイがドライバー側にクイッと15度傾いている。

MTの場合、左腕をどうしても忙しなく動かすことになるので、その可動距離が縮まるのは、女性にとってもかなり嬉しいポイントだ。なにより、視野にまるっと収まってくれる“自分の部屋”感が堪らない。

トヨタGRヤリス
中央パネルの15度傾斜により、絶妙な包まれ具合を体感できる。

クラッチを踏み込むと、重い。というより、深い。アクセルペダルの踏み込みとガッチリ噛み合う場所が想像より1.5倍遠い。連動する6速MTのシフトノブは、上手く繋がれば小気味良く「カチッ」と手に伝わるが、噛み合うまで時間を要した場合は「ガチッ」と濁音に変わってしまう。「もっと上手くミートしてよ」と言わんばかりの、手強い判定が下される。

トヨタGRヤリス
”節度感がある”とも言い換えられる、重めなシフトフィール。

二度目の驚きは、クルマ好きの聖地・富士スピードウェイへ向かう東名高速で訪れた。

いま、自分は“アスリートの背中”に乗っている!? ずんぐり気味なハッチバックから受けるギャップが激しすぎる。アルミ素材とカーボン素材が重点的に採用された軽量化・高剛性ボディが理由かと思うが、すべてが引き締まったアスリートのBMIのようで“塊”に乗っているようだった。2速・3速でトップエンドまで引っ張ると、パワーもぐんぐんと右肩上がりに。

前の車に急接近しないよう調整を繰り返すことは至難だが、その分やり甲斐に満ちている。やんちゃ、と皆が嬉しそうな顔で噂するのも納得の、ドラマチックな加速力とストイックな機敏さだ。

クルマの個性に目を向ける余裕なんてなかった学生時代、「ヤリス」の個性を味わえずに終わったのは残念だが、「GRヤリス」に乗ってすぐ、乗り手のスキルが求められる手強いクルマ、と新鮮な感動が得られたことは何物にも代えがたい。

GRヤリスとGRスープラ
お膝元の富士スピードウェイで「GRヤリス(左)」「GRスープラ(右)」を並べて。朝8時の時点で、入場者が次々とゲートをくぐっていく盛況ぶり。

一方、富士スピードウェイで乗り換えた「GRスープラ」には、「GRヤリス」とは真逆の方向に裏切られた。

これまで抱いていた印象は、やんちゃなサーキットレースカー。峠を攻めに攻めている動画でしか見たことがないからだ。富士スピードウェイというTHEなスポットで初心者走りを笑われたらどうしよう・・・なんてどきどきしていたが、一度乗り込んでみると、なんと穏やかで上品なことか。助手席でカップ&ソーサーで紅茶を飲んでもらっても一切中身を溢れさせない自信があるくらい、スムースな走り。

乗り込むまで、結構オラオラ系でコワいと思っていたロングノーズは、低いフロントガラス越しにしっかり捉えることが出来て視界良好、フロントフェンダーの盛り上がりもあって車幅感覚がとても掴みやすかった。

GRスープラ
〈ドーンブルーメタリック〉の車体に、タンのインテリアシートが映える。

ノーマルモードで乗り出してすぐに感じたのは、アクセルペダルを不必要に踏み込まずとも発進することができる負担の少なさ。じわり踏めば、速度がみるみる上り詰めるテンポの良さが気持ちいい。タコメーターは適宜シフトタイミングインジケーターを更新し続け、2速→5速、3速→6速、と大胆な提案をくれる。そのため忙しなく変速するというよりは、自分の意思で選んだギヤで走りをアレンジすることが出来た。

GRスープラ
6速MTの本革巻きシフトノブ

スポーツモードにするには、シフトノブ近くにあるスイッチをワンプッシュするだけ。一気に野太くなるエンジン音と、やや重めの手応えになるステアリング感覚。ちなみに、エンジン音の咆哮は、車内外で全く違う印象を受けた。遮音性の高い車内では、ノイズキャンセリング機能が加わったかの如く、全身に心地よく巡っていく。クリアなサウンドに包まれ、シフトやパネル操作がガチャガチャしない分、ある意味“ととのった”状態で走りに集中できた。・・・もしかして、これが“ピュア”スポーツカーの定義なんじゃない?!と膝を打った次第である。

GRスープラ
富士スピードウェイのワンディングロードを忠実なステアリングで駆け抜ける。

シフトダウンについては、それ以上にスマートだ。適切なエンジン回転数を上げてくれるiMT機能(インテリジェント・マニュアル・トランスミッション)のおかげで、自動ヒール&トゥーを担う。渋滞時も市街地での走行も全く不安にならない、運転上手なMTドライバーを演じ切ることができた。

つまるところ、ピュアスポーツカーという単語へ連想していたところから、グッと“普通の乗用車”に変わったのである。もちろんイイ意味100%で。

“生きた道で徹底的に鍛えた。公道で気持ちいいのが最優先”と宣言されたのが「GRスープラ」。ラグジュアリーさを携えていても、普通の乗用車のように扱える感覚を抱くのは至極真っ当と言えそうだ。

「GR」シリーズの2台ともに、レースカーマインドを持つスポーツカーである前提の元、生活に根付く一台という視点で見れば、MTに舞い戻る人や、これから走り込んでみたいという人も、それぞれに収まりの良さがあり、楽しく無理なくチャレンジングな乗り方ができるに違いない。

主戦場はサーキットではなく市街地なのだから。そこで味わう楽しさがどれ程残されているかが一番だ。

GRスープラ
6灯式LEDのヘッドランプがホログラムのような輝きを放つ。走り手も同様に目を煌めかせているだろう。

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