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『ダージリン急行』『グランド・ブダペスト・ホテル』『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』など、ストーリーの魅力はもちろん、物語の背景となる土地や建物、ルームインテリアが放つ独特な世界に、旅心を奪われずにいられない!ウェス・アンダーソン監督の世界は虚構かと思いきや、地球上にたくさん実在しています。是非、旅だってみませんか?
マニアックなファンを持つ映画監督にはある種の法則があったりする。
M.ナイト・シャマラン監督はアルフレッド・ヒッチコックのように作品にちょい役で出演する。ウェス・アンダーソン監督の場合はいつもビル・マーレイを起用。さらに学生時代からの仲であるオーウェン・ウィルソンなど、ウェス組というべき、常連役者たちをキャスティングすることが多い。とはいえ、この天才監督、実にこだわりが強く、ファンでなくても、楽しめる法則性にあふれている。
最も有名なのが左右対称。建物だけでなく、インテリアもきっちりシンメトリー。ドールハウスのような作風で知られるが、その正確さはもはや建築模型。登場人物たちは読書やアートを愛す者が多く、本棚や飾られる絵などもきれいに左右対称だったりする。『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2021年作)の舞台は新聞社だが、雑然としたイメージがある新聞社でさえ、監督は掲示板に貼られたメモや付箋、編集者たちの机の上、何もかもが見事なほど、シンメトリーにした。
さらに特徴的なのがその色使いである。ベビーピンク、ペパーミントグリーン、オレンジ、まるでお菓子の箱のような甘い、パステルカラー。『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年作)ではお菓子の箱と同様に真っピンクの鮮やかなホテルが登場。
世界のどこかにありそうな、いつか行ってみたい、夢みたいな可愛い場所。それが天才ウェス・アンダーソン監督の世界。ありそうでなさそう。そう思っていたのだが、実はあった! 気づいていないだけで、世の中はウェスっぽいものであふれいたのである。
現在、寺田倉庫G1ビルで開催されている「ウェス・アンダーソンすぎる風景展 あなたのまわりは旅のヒントにあふれている」。ここに展示されている約300店の写真の数々はインスタグラムに投稿された現実にある風景写真。
いかにもウェス・アンダーソンの作品に登場しそうな写真ばかりだが、驚くべきことにこれらは全て映画には無関係。あくまでも、「っぽい」写真なのである。
元となっているのは人気インスタグラムアカウント「AWA(Accidentally Wes Anderson)」。2017年にニューヨークのブルックリン在住のワリーとアマンダ・コーヴァル夫妻が旅行計画のバケットリスト「死ぬまでにしたい100のこと」を構想したことからスタートした。
現実で偶然、出合ったウェス・アンダーソンの映画に登場しそうな場所を写真に撮り、アップ。夫婦の写真だけでなく、世界中のフォロワーが提供した写真もネットに載せ、現在は172万人超のフォロワーを誇る人気インスタグラムアカウントとなっている。
書籍化されると、NewYork Timesベストセラーを記録、日本版「ウェス・アンダーソンの風景 Accidentally Wes Anderson 世界で見つけたノスタルジックでかわいい場所」も発売されている。しかもウェス本人が「ここに紹介された本書に収められた写真は、僕が出会ったこともない人々(わずかな例外を除いて)が僕が見たこともない場所やものを撮ったものだが、実際、僕が撮りそうな写真だ」とコメントを寄せている。
展覧会は昨年、ソウルで開催され、25万人を動員。その成功をうけて日本初公開の運びとなった。
会場は旅心をくすぐる10のパートに分けられており、その分け方がウェス・アンダーソンらしい。いや本人は無関係だから、正しくはウェス・アンダーソン「っぽい」か。
鉄道などの乗り物の写真を集めた「Mind the Gap」や鉄道の駅を展示する「The Terminal」はまるで電車のコンパートメントにいるよう。ウェス・アンダーソン監督は『ダージリン急行』『グランド・ブダペスト・ホテル』で列車、『ライフ・アクアティック』で潜水艦など、取り上げる乗り物のデザインも毎度、凝りに凝っている。実際、監督は旅行会社のベルモンドとのコラボレーションで、イギリスのプルマン列車の客車をリデザインしたことも。パステルピンクの天井、グリーンのファブリック、そしてシンメトリーとウェスらしさ全開の車両内。ちなみに『Pullman Dining by Wes Anderson』の料金は21年時、1人400ポンド(約6万2,600円)であった!!
『グランド・ブダペスト・ホテル』を再現した空間に世界各地のホテルの写真を並べた空間は「Check in, Please」と名付けられた。ホテルマニアで知られるアンダーソン監督。米ニューヨークにある伝説の5つ星ホテル「ザ・カーライル ア ローズウッド ホテル」のドキュメンタリー『カーライル ニューヨークが恋したホテル』(2018年)でもこだわりのホテル愛を語っている。セレブが愛するホテルだけあり、こちらのスイートルームは1泊200万円!!!
実際に列車に乗らなくとも、ホテルに泊まらなくとも、展覧会は写真を眺めているだけでウキウキと旅気分に浸れる。あくまでも「っぽい」写真の気軽さである。
パステルカラーにシンメトリー。日本にはない世界観と思いきや、新幹線の写真を発見! 確かにウェス・アンダーソンの双眼鏡で覗いてみれば、日本の新幹線も実にポップで楽しい乗り物になる。その双眼鏡の写真ですら、レトロなものを愛するウェス・ワールドでは「っぽい」認定。初心者は近隣の観光地の双眼鏡の写真を撮ってみることから始めてみてはどうか。
これからどこかに行きたいあなたもまだまだ行けないあなたも、たった一枚の写真が旅のイマジネーションを掻き立て、豊かな時間をもたらしてくれる。
さあ、これからウェス監督の新作を観る度に、この可愛いいルールをチェックしたくてワクワクしそう。ウェス監督本人の最新作、『アステロイド・シティ』はカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品、日本では9月1日(金)より公開決定。さらに「The Wonderful Story of Henry Sugar(原題)」がNetflixで年内配信の予定です。
現在、猛烈に忙しいであろう本家ウェス自身、このAWAの写真で癒されている可能性大である。
ウェス・アンダーソン/Wesley Wales Anderson 映画監督、映画プロデューサー、脚本家。アメリカ合衆国ヒュース
WRITER
髙山亜紀
映画ジャーナリスト。現在は、ELLE digital、花人日和、JPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。
STAFF
Movie Journalist: Aki Takayama
Composition: Kyoko Seko
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