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令和2年7月の熊本豪雨で、球磨川が氾濫した。普段は穏やかでゆったりと流れるその河はとても美しい日本の原風景の中心にある。水害の被災地、熊本県球磨川を舞台に、失くした居場所を自分で取り戻すまでを描く『囁きの河』はその川と共に生きる人吉球磨地域の人々が、復興へ向かうそれぞれの気持ちの動きに焦点をあてた群像劇。出演者である熊本県出身で知られる宮崎美子は、豪雨直前まで人吉に滞在していた。
熊本豪雨から半年後、母の葬儀のために22年ぶりに帰郷した男は変わり果てた故郷で、息子と再会する。息子は球磨川下りの船頭になるために励んでいたが、再開の目処はたっていない。半壊した老舗旅館は再生に向け、歩み始めるが、さらなる試練が訪れる……。令和2年7月の豪雨で球磨川が氾濫、甚大な被害を受けた、熊本県人吉市。『囁きの河』は川と共に生きる、人吉球磨地域の人々に焦点をあてた群像劇。宮崎美子は余命わずかと知りながら、慣れ親しんだ土地で暮らしたいと願う横谷さとみ役で出演している。熊本県出身で知られ、豪雨直前まで人吉に滞在していたという彼女が作品、そして熊本への想いを語る。
──最初に映画のオファーがあった時の気持ちをお聞かせください。
「私は熊本出身ですし、熊本に関わる仕事は優先したいと思っています。現在も地元のテレビ局の番組(「週刊山崎くん」)があるので、月に一度のペースで、熊本に行っています。お話をお伺いした時も少しでも地元の方のお力になれたらという思いでした。現在の地域の様子を伝えられるお手伝いができたらという気持ちが大きかったです」
──甚大な被害をもたらした令和2年7月豪雨の前日に人吉市をロケで巡っていたそうですね。
「ロケ当日は、梅雨の最中だったので、湿度が高く、雨も降ったり止んだりで、重たい雰囲気でした。その夜に洪水になったことを翌朝に知りました。私が訪れた数時間後にあんな被害をもたらすことになるとは夢にも思いませんでした」
──1か月後には被災地を再び訪れたそうですね。
「その時は本当に酷かったです。一回、土が来て、去った後ですから、街全体がまだ埃っぽいような状態でした。人吉の市内からちょっと行くと球磨郡なのですが、そこは道がズタズタになっていましたから、復旧も遅れていました。何より、私たち熊本市民にとって電車で行くことができた人吉が、鉄橋が落ちてしまったことで、線路が通じなくなり、しばらく遠いところになってしまいました。鉄橋はまだですけれども、現在はようやく車で行き来できるようになっています。本当に大変な災害でした。川沿いのホテルも一階の部分が何もかも全部、川に流されていました。そんな中でも、地元の女将さん、お母さんたちが長机を並べて、お茶やお菓子を出して、訪れる人を労っていました。若い人もいれば、ベテランで全てを背負っている女将さんもいて、古くからの旅館の中には温泉が止まってしまって、ボーリング(大地に円筒状の穴を開ける作業)から、し直さなきゃいけないところもありました。被害の度合いも立場もそれぞれ違いましたけれど、皆さんが“この先、どうしよう”という思いを抱えていらっしゃったと思います。それでも、“みんなで頑張って、もう1回、ここでお客様を迎えるんだ”という気概がひしひしと伝わってきました。皆さん、静かで優しい雰囲気なんですけれど、力強さすら感じたんです。人吉の皆さんっていつでも穏やかで、優しく迎えてくださる印象があります。でも、きっと根っこのところにそういう強さを秘めていらっしゃるんだなとその時、感じました」
──土地柄なのでしょうか。
「日本三大急流である球磨川は昔から暴れ川として知られていて、いろんな被害を出したりしては、皆さん、苦労されてきたようです。私がお話を聞いた方は家がごっそり流されてしまったそうです。それでも、『昔から、それ以上の恵を与えてくれている川だから』とおっしゃっていました。それを普通の口調で語られるんです。なかなか出てこない言葉かもしれません。他にもそうおっしゃっている方が何人もいて、本当にすごいなと思いました。川もそうですが、ある種、覚悟を持って、そこに住んでいらっしゃる方たちに感銘を受けました。共にあるってこういうことなのだなと思いました」
──劇中、宮崎さんが演じている横谷さとみさんもそんな静かながらも内に秘めた強さを兼ね備えている女性ですね。
「病を患って、とんでもない災害にも遭っている。だからこそなんでしょう。“やっぱり、生きていくのはここなんだ”って思い定めることができたのかもしれません。気持ちの上で、川に勇気づけられたこともあるだろうし、自分の生きてきた証、歴史全てがこの土地に流れているのでしょう。素敵な優しい旦那さん(不破万作)がいて、2人でヤマセミを見ているシーンが好きです。実際には本物を見ることができなかったんですけど、一瞬、見えた気持ちにもなって、二人のシーンは楽しかったです」
──荒地を耕すシーンでは農業指導の方が音を上げそうなところ、宮崎さんは全然、平気そうだったとか。普段から畑の作業や山登りをされるので、足腰が鍛えられているのでしょうか。
「鍬はちゃんと勉強しないと無理なので本格的に農業をやっていらっしゃる方からしたら、違っているかもしれません。あの場所は本当にひどい場所でした。草がぼうぼう生えている荒地で、草を刈るところから始めないといけませんでした。そんな場所に立ち向かっている夫婦だったんです。住んできた土地を離れたくない。自分たちは川に関わって生きてきたのだから、これからもまた、ここに骨を埋めるんだという思い。土地そのものが可愛くてしょうがないって気持ちだったのではないかなと思いました」
──宮崎さんにとって、熊本とはどんな場所ですか。
「私が育ったのは熊本市内ですけれども、熊本は水が豊かなところです。熊本市は水道水が全部湧水なくらい、地下水が豊富です。熊本市内ですら、地面の下から水がポコポコ湧いてくる場所が家のすぐ近くにあって、子どもの頃はそれを見ているのが本当に好きでした。子どもにはとても不思議で、じっと見ていても飽きませんでした。水辺って心を落ち着けてくれるというか、引き寄せられる何かがあるような気がするんですよね。球磨川もそうだと思います。流れているのは水だけじゃない。奥深さみたいなものが感じられる川です。スクリーンにもそれが反映されているといいなと思います。普段見ていると本当に平和な、一日中、あきずに眺めていられるような、きれいな流れの川なんです。6月に解禁になると、鮎釣りの人が全国から訪れます。そんなゆったりした場所で、川の流れとともに自分の暮らしぶりを見つめて暮らす町の人たちはちょっと羨ましいようにも思えました。撮影時も朝、支度していると、川沿いの道を散歩している人の様子が見えて、東京に住んでいるとなかなか味わえないような時間の流れ方をしていると思いました」
──この映画をどのように受け止めてもらいたいですか。
「とても静かな映画です。派手なところは何もないです(笑)。暴れていない、普段の穏やかな球磨川の流れみたいな映画だといえます。災害というのはそれぞれの人生を変えてしまうような、とても大きな出来事ではあるけれど、そこからどう、自分たちの人生を組み立てていくのか。それぞれの速度で、それぞれの方向で手探りしている大人たちのお話です。大きな事件が起こって、それを追いかけていくような物語ではありませんが、大体の人生、日常ってこんな感じなのではないのかなと思います。淡々と流れている。時々、大きな流れに巻き込まれたりしながら、やっぱり続いていく。そういう時間を共有していただけたらと思います。そして球磨川の圧倒的な自然の魅力が伝わればいいなって思います」
豪雨から復興へ。『囁きの河』に出演した宮崎美子が伝えたい熊本の魅力と今。 後編はこちらから
池袋シネマ・ロサ、シネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開中
出演:中原丈雄 清水美砂 三浦浩一
渡辺裕太 篠崎彩奈 カジ 輝有子
寺田路恵 不破万作 宮崎美子
監督・脚本:大木一史
配給:渋谷プロダクション
宮崎美子 みやざきよしこ/熊本県出身。1980年に「週刊朝日」の表紙モデルに起用された後、ミノルタカメラのCMに出演。同年ドラマ「元気です!」(TBS)の主演で俳優デビュー。以降、映画、ドラマ、舞台、クイズ番組などで広く活動する。映画『雨あがる』(00)で日本アカデミー優秀主演女優賞、ブルーリボン賞助演女優賞を受賞。近年の主な出演作に、連続テレビ小説「おむすび」(NHK)「介護スナックベルサイユ」(東海テレビ)「しあわせは食べて寝て待て」(NHK)など。「くりぃむクイズ ミラクル9」(テレビ朝日)、故郷の熊本では「週刊山崎くん」(RKK熊本放送)にレギュラー出演中。
MOVIE WRITER
髙山亜紀
フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。
STAFF
Movie Writer: Aki Takayama
Editor & Composition: Kyoko Seko
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