オペラのストーリーに没入するという贅沢な体験。“イマーシブオペラ”が日本で初上演!

ここ数年、“イマーシブ”という没入型の体験がアートシーンを席巻している。そんな近代的な手法をオペラに取り入れ、古典を華麗に昇華した“イマーシブオペラ”が、2025年3月、世界に先駆け日本で初上演された。神楽坂からほど近くに佇むkudan houseを舞台に、ヴェルディの名作『椿姫』の悲恋物語を、大正時代の設定で描きだした“イマーシブオペラ”。kudan houseの歴史や土地柄とオペラのストーリーがリンクすることで、観客はより感情移入ができるように。そして170年以上受け継がれている『椿姫』のもつ、普遍的な魅力に気づかされるのである──。

LIFESTYLE Apr 23,2025
オペラのストーリーに没入するという贅沢な体験。“イマーシブオペラ”が日本で初上演!

オペラの新しい楽しみ方、“イマーシブオペラ”の誕生秘話

長谷川留美子氏の画像
モアザンミュージカル一般社団法人の理事を務める長谷川留美子氏

オペラの世界に観客が没入する──そんな新しい愉しみ方を考案したのは、モアザンミュージカル 一般社団法人の理事を務める長谷川留美子氏だ。ゴールドマン・サックス証券で、日本人女性初のパートナーとして活躍した経歴を持つ。タフな仕事に向き合う日々のなかで、リフレッシュに声楽を始めた長谷川氏。すっかり夢中になり、ニューヨークでプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』を鑑賞し、涙を流している自分に気づく。

公演の様子の画像
左/長谷川氏が手がけた香港での公演『キスオブザトスカ』 右/『カルメン香港』

「芸術は人の心を豊かにする」と実感した長谷川氏は、金融の仕事から引退後、2016年に香港にて非営利オペラ団体であるモアザンミュージカルを設立。オペラの魅力をより多くの方に伝えたいとの想いから、3~4時間かかることもある上演時間を90分に凝縮した。観客とステージの一体化を図った演出は、没入感がある唯一無二の体験として評判に。長谷川氏プロデュースの公演のチケットは、全て完売を記録した。

『旧山口萬吉邸』の画像
約100年の歴史を有する『旧山口萬吉邸』。現在は、会員制クラブ『kudan house』として運営されている。
舞台となる部屋の画像
左/第1幕の舞台となるクラシカルルーム 右/第2幕の舞台となる和室

香港での公演を成功させ、才能あるアーティスト、特にアジア系オペラ歌手に活躍の場を提供できたことにもやりがいを感じた長谷川氏。日本でも、自らがプロデュースしたオペラを上演したい!と夢をいだくようになる。そして、東邦レオ株式会社の代表取締役社長である吉川稔氏との出会いで、夢は現実のものとなった。東邦レオ(株)のグループ会社が運営する『kudan house』を、上演場所として提案されたのだ。『kudan house』は、新潟県長岡市にルーツを持つ5代目山口萬吉氏により建てられた。大正から昭和に移り変わった1926年に着工し、翌1927年に竣工した『kudan house』は、当時、流行したスパニッシュ建築様式が用いられ、100年前の空気感を色濃くまとっている。吉川氏らの尽力もあり、2018年に登録有形文化財に登録された。

早速、『kudan house』に向かった長谷川氏。神楽坂と皇居の間に、ひっそりと佇む洋館に足を踏み入れると、まるで大正時代にタイムスリップしたかのような気分になったという。約800m2に及ぶ地上3階、地下1階のモダンな邸宅には、趣の異なる15もの部屋と、緑豊かな庭園が。花街・神楽坂にも近い土地柄、地方の名士の邸宅……長谷川氏の頭の中では、19世紀半ばのパリを舞台に高級娼婦と地方の良家の息子の悲恋を描いた『椿姫』のシーンが展開していく。そうして、世界でも注目され始めたばかり“イマーシブオペラ”の上演が、2025年3月、日本で実現した。

世界でも最先端の体験!“イマーシブオペラ”で『椿姫』のストーリーに没入する

第1幕の画像
第1幕でヴィオレッタ(青木エマ氏)に求愛するアルフレード(大田翔氏)。この距離感は、まさに“イマーシブ”だ。 〈photo credit 岩城稜〉

“イマーシブオペラ”『椿姫』の第1幕は、大正時代の東京で、高級芸者・ヴィオレッタ(椿姫)の主催するパーティーから始まる。観客に乾杯用のドリンクが配られると、ガストン子爵(アルフレードの友人)の案内でパーティー会場へ。すると、軽快な『乾杯の歌』と共に、和装のヴィオレッタが登場。艶のある声に、うっとりと聴きいってしまう。そこに、地方の良家の子息・アルフレードがヴィオレッタに求愛しにやってくる。乾杯をするヴィオレッタとアルフレードに合わせ、観客同士も乾杯することで、まるでパーティーに参加しているかのような気分に。一気に、『椿姫』のストーリーに没入していくのだ。

第2幕の画像
第2幕。東京郊外のヴィオレッタの屋敷に、アルフレードの父・ジェルモン(大沼徹氏)が、息子と別れるよう、説得に訪れる。見守るガストン子爵(河野万史氏)。 〈photo credit 岩城稜〉

演者にいざなわれ2階へ移動すると、第2幕の舞台である、東京郊外のヴィオレッタの屋敷に。花千代氏による、和装をモダンに昇華したヴィオレッタの衣装も、和室にモダンな家具が配された舞台と共に、大正時代の空気感を醸し出している。ここでは、アルフレードの求愛を受け入れ、2人で田舎暮らしを愉しむシーンから、別れ話まで急展開。ヴィオレッタの表情の変化を、観客は食い入るように見つめていた。

第2幕でも、観客が参加するシーンが展開され、自分たちもオペラに参加しているかのような気持ちにさせてくれる。

第2幕の画像
第2幕のクライマックスは、感情が高ぶったアルフレードの声量に圧倒される。 〈photo credit 地主光太郎〉
第3幕の画像
第3幕。東京のヴィオレッタの屋敷。 〈photo credit 地主光太郎〉

第3幕では3階へ。ようやく結ばれたヴィオレッタとアルフレードだったが、病に蝕まれていくヴィオレッタ。繊細なシーンだからこそ、演者の息遣いが聞こえるほどの距離感での鑑賞は、贅沢に感じる。オペラグラスのいらないオペラ鑑賞。オペラ好きの観客も、初心者も、興奮の内に“イマーシブオペラ”『椿姫』は幕を閉じた。

初めて体験した“イマーシブオペラ”。オペラのリズム感はそのままに、日本語でシーンを朗読してくれるガストン子爵の存在もあり、予備知識がなくてもオペラのストーリーに入り込むことができた。オリジナルは19世紀半ばのパリが舞台だが、きっと、大正時代の神楽坂でも、こうした恋愛模様が繰り広げられていたのだろうな…と“真実の愛”に触れた気分に。心地良い高揚感に包まれた60分間だった。

日本各地の魅力を引き出す“イマーシブオペラ”で、地方創生を目指す

字幕が配された様子の画像
オペラの世界観を崩さない演出で字幕が配され、観劇をリードしてくれる。 〈photo credit 岩城稜〉

“イマーシブオペラ”『椿姫』を演出したのは、国内外でオペラやミュージカルの演出の実績を持つ、田尾下哲氏。字幕を取り入れ、オペラを初めて見る観客でも没入して愉しめるように工夫したという。また、登録有形文化財の建物内を移動しながらの上演となるため、照明はシンプルにして、建物の歴史を感じられるように。音響は西岡奈津子氏によるエレクトーンの演奏を録音し、スピーカーで音像を移動させることで対応した。

長谷川氏は、金融業界でのキャリアを活かし、自分を癒し、勇気づけてくれたオペラの魅力を若い世代にも伝え、持続可能なビジネスモデルを確立したいという。そして、「“イマーシブオペラ”を日本各地にある歴史的建造物などを舞台に展開して、地方創生に繋げたい」と意気込む。“イマーシブオペラ”をデスティネーションとした旅を創造しようとしているのだ。その土地ならではの風土や歴史と、“イマーシブオペラ”のストーリーがリンクすることで、より、旅先の魅力を知れることになるだろう。

観劇に“イマーシブ”を取り入れた先駆けとして知られる『スリープ ノーモア』は、ニューヨークで2011年から2025年までロングランを記録し、200万人以上の観客を動員した。今回の“イマーシブオペラ”『椿姫』には、オペラ愛好家や文化人を中心に招待。海外での観劇経験が豊富な観客たちも、新しいオペラの楽しみ方に触れ、興奮冷めやらぬ様子だった。“イマーシブオペラ”を通じ、日本各地の魅力を再発見する……そんな日も、近いかもしれない。

“イマーシブオペラ”『椿姫』の画像
〈photo credit 岩城稜〉

“イマーシブオペラ”『椿姫』

【原作】
原作:アレクサンドル・デュマ・フィス
作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ

【演出】
田尾下 哲

【録音演奏】
西岡 奈津子

【衣装】
花千代

【出演】
青木 エマ(高級芸者・ヴィオレッタ)
大田 翔(良家の子息・アルフレード)
大沼 徹(アルフレードの父・ジェルモン)
河野 万史(アルフレードの友人・ガストン子爵)

【プロデューサー】
長谷川 留美子(モアザンミュージカル 一般社団法人理事)https://www.morethanmusical.org/morethanmuscialinjapan

【会場】
kudan house
https://kudan.house/

【協力】
東邦レオ 株式会社

【協賛】
株式会社 富士山ワイナリー

SHARE

AdvancedClub 会員登録ご案内

『AdvancedTime』は、自由でしなやかに生きるハイエンドな大人達におくる、スペシャルイシュー満載のメディア。

 

高感度なファッション、カルチャーに溺愛、未知の幅広い教養を求め、今までの人生で積んだ経験、知見を余裕をもって楽しみながら、進化するソーシャルに寄り添いたい。

何かに縛られていた時間から解き放たれつつある世代のライフスタイルを豊かに彩る『AdvancedTime』が発信する情報をさらに充実し、より速やかに、活用できる「AdvancedClub」会員組織を設けました。

 

「AdvancedClub」会員に登録すると、プレゼント応募情報の一覧、プレミアムな会員限定イベント、ブランドのエクスクルーシブアイテムの紹介など、特別なコンテンツ情報をメールマガジンでお届け致します。更に『AdvancedTime』のタブロイドマガジンのご案内もあり、送付手数料のみをご負担いただくことでお手元で『AdvancedTime』をお楽しみいただけます。

登録は無料です。

 

一緒に『AdvancedTime』を楽しみましょう!