――ここからは読者からの質問をお聞きします。

文学では単純な善悪より、複雑で曖昧なものを描く

Q: 映像表現の技術が高くなった現在、今後、小説にできることは何だと思われますか?

金原:映像では表現できないけど、小説なら表現できるものがあると私は思います。たとえば、はっきりした悪があって、それを叩きのめすような映画は、たしかに観ていて惹き込まれますが、それでスカッとしてしまう自分が怖くもあります。悪になりたいわけではないのに悪になるしかない人物の心理だったり、単純な善悪の図式の先にあるもっと複雑で曖昧なものだったりを、最も克明に描けるのが小説だと思います。

平野:すごく共感します。犯罪を犯した人の生育環境とか、持って生まれた資質とか、犯罪に至った要素を分析してしまうと、どこにも怒りを向けようがないというか。必ずしも本人が悪いとも言い切れないというところまで考えていくと、「悪」というのは文学的には書きがいがないという気もしますよね。

金原:やっぱり小説では、スカッとすることを目指すのではなく、なぜ自分はこう思ってしまうのか、これを求めてしまうのかというところを突き詰めていきたいですね。

AI時代に、生身の人間が書いた小説にできることは?

Q: 生成AIについての議論も盛んに行われていますが、それについてはどうお考えですか?

平野:AIというのはパターン認識を通じて似たようなものを作っていきますから、例えばドストエフスキーの小説を読み込ませれば、似たような作品は書けるかもしれない。でも、ドストエフスキー文学をゼロから作ることはできないですよね。誰も書いていないような新しいものは、これからも人間が生み出していくんじゃないかなと期待したいです。

僕がデビューした頃は「テクスト批評」というのが流行っていて、作品と作者は切り離して読むべきではないかという議論がされました。でも逆に、今後AIが書いたものが出てくると、生身の人間が書いていたことこそが良かったと思うんじゃないかなと思います。

たとえば大江さんが亡くなって、大江さん的な小説をAIに書かせて、いかにも大江さんが書きそうなものができたとしても、それに感動するかというと、別ですよね。

金原:何かその向こうにあるものを、想像したり思い描いたりしながら読むことに、大きな意味があるんじゃないかなと思いますね。時代背景もそうだし、著者自身に対してもそうだし、著者自身も、どこかしら自分がこう表明したい、自分をこう見せたい、と思ってそこに寄せていってる部分っていうのはあると思うんです。その二重の深さが多分AIには期待できないだろうという気持ちはありますね。そこは結構大きな差になるんじゃないかなと思います。

平野:そうですね。映画とかドラマは人が演じているから、プロットをAIが書いていても感情移入ができるかもしれません。でも、小説は文字だけだから、全部が機械で書かれていると思うと、のめり込めないように思います。

金原:今日は、コロナを経て、人前に出るのが久ぶりの機会でしたけれど、みなさんの温かい反応がずっと心の支えになっていました。ありがとうございました。

平野:金原さんは小説家として尊敬しており、昔馴染みの友人としても好きな方なので、お話できてとても嬉しかったです。みなさんにも熱心に聞いていただいて、本当にいい機会だったなと思います。ありがとうございました。

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PROFILE
小説家 平野 啓一郎
小説家
平野 啓一郎

1975年愛知県・蒲郡市生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作ごとに変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。著書に、小説『葬送』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』など、エッセイ・対談集に『私とは何か「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』など。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計60万部超のロングセラーに。『空白を満たしなさい』が原作の連続ドラマが2022年6月よりNHKにて放送。『ある男』を原作とする映画が2022年秋に公開、と映像化が続く。作品は国外でも高く評価され、長編英訳一作目となった『ある男』英訳『A MAN』に続き、『マチネの終わりに』英訳『At the End of the Matinee』も2021年4月刊行。「自由死」が合法化された近未来の日本を舞台に、最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子が「自由死」を望んだ母の<本心>を探ろうとする最新長篇『本心』は2021年に単行本刊行。ミステリー的な手法を使いながらも、「死の自己決定」「貧困」「社会の分断」といった、現代人がこれから直面する課題を浮き彫りにし、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点。2023年、構想20年の『三島由紀夫論』を遂に刊行。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品を精読し、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じた。三島の思想と行動の謎を解く、令和の決定版三島論。

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