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映画、テレビ、舞台と数多くの作品に関わってきた堤真一。その彼が脚本を読んで「ぜひやりたい」と即答したという映画『旅と日々』。美しい日本の原風景に魅了されつつ、観る者たちに静かに同調を迫る、その世界観とは――?
舞台を中心に、映画やドラマと幅広い活躍で知られる堤真一。とことん凜々しい二枚目も演じれば、さえない三枚目役もハマる。善人も悪役も、シリアスもコメディもお手のもの。さまざまな役どころを担ってきた彼が「なぜ自分に?」と興味を引かれたのが、映画『旅と日々』のオファー。雪深い山の宿のやるせない主人を演じている。
『マッサン』以来、10年ぶりの連続テレビ小説『ばけばけ』では、元上級武士の経営者で、ヒロインの頼もしい叔父役が好評の堤真一。映画『旅と日々』では打って変わり、おんぼろ宿のものぐさ宿主・べん造に扮している。
「台本を読ませていただいて、ぜひやりたいと思いました。特別な事件は何も起こらず、登場人物が戦ったりするわけでもない、なにげない話です。こういうテイストの話には、なかなか出会えません。ましてや僕は東北出身でもないのに、この役を僕にオファーしてくださることが、ありがたいと思いました。結果的にやって、すごくよかった。とにかく現場が楽しかったです」
仕事に行き詰まった脚本家の李(シム・ウンギョン)が旅に出る。長いトンネルを抜けるとそこは一面の銀世界。案内された古びた宿は今にも崩れそうで、室内には暖房もなく、まともな食事も出ず、布団すら自分で敷かなければならなかった。
「東北は、これまであまり縁のない地域でした。監督に『なんちゃって東北弁でいいですか』とお聞きしたら、『いや、がっつりいってください』と言われて、そこからはもう、方言指導の方に吹き込んでいただいた音声を、何度も繰り返し聴きながら、ギリギリまで準備しました。言葉で引っかかって撮影を止めるわけにはいかないですから、とにかく覚えようと。ここまで台詞を全部入れて、撮影に臨むことは滅多にないですね」
宿の主人と脚本家。出会うことのなかったふたりの他愛もない会話から始まる小さな交流。旅先のほんのちょっとした出会いが人生を変えるきっかけになることもある。
「べん造の生き方や価値観など、説明的な表現はしないようにしました。あまり役作りみたいな感覚はなく、台本通り、やっています。美術スタッフさんがしっかり作ってくれたセットにシムさんと入り、べん造はここで暮らしているのだと思うと、それだけでもう特別なことは何もする必要がありませんでした。またセットの中が外より寒いんです。布団も本当に硬くて。いびきをかいていたシーンでは、カットがかかっても、本当に寝てしまっていたこともあります。あまりの寒さに重い布団から出たくなくなるんです。“布団から出るのが嫌だったなぁ”って、子供のころを思い出しました(笑)」
地方公演やロケ地での撮影。職業柄、俳優にとっては旅もまた、日々の延長線上にあるのかもしれない。
「家族でキャンプや温泉に行ったりするのは好きですけど、家が好きだから、海外旅行などにはあまり興味がありません。ただ思い立ったら、出かけてしまうところがあって、これまで何の装備もなく、熊野古道を歩いたことが2回あります。最初は途中で土砂降りになり、カッパだけは持っていたのですが、膝を痛めて歩けなくなって、なんとか山を降りて宿までたどり着きました。大勢の人が選ぶ中辺路(なかへち)のほかに、峠越えのある小辺路(こへち)というルートもあるんですけど、一度めは中辺路、その次は丸4日かけて、小辺路を歩きました。宿とは言えないような宿に泊まったり、逆にすごくいい温泉に入れたり。中辺路と小辺路が合流するところにある茶屋のおばちゃんが『あんた、小辺路から来たの?珍しい』と驚いていましたが、確かに誰ともすれ違いませんでした」
都会の喧騒だけでなく、時の流れからも解放されそうな熊野古道。誰もいない場所で、黙々と歩き続ける姿が目に浮かぶ。

「自然の中にいるのはすごく大切なことだと思います。東京にいるとなぜか疲れてしまうのはそのせいじゃないかな。僕は兵庫県西宮市出身なんですけど、外に出れば六甲山脈が見えるし、ちょっと歩けば海にも行ける。意識しなくても自然がちゃんと目に入ってくるんです。東京は意図的に出かけないと自然に触れられないように感じます。たとえば静岡の人なら、日常的に晴れた日には富士山がぽんと大きく見えるけれど、東京ではそういうわけにはいかない。だからついキャンプに出かけたくなってしまうのかもしれません」
ソロキャンプをしたいが、家族のことが気にかかると笑う。舞台を所狭しと動き回る姿やアクション演技など、まったく年齢を感じさせないが現在、61歳。少しだけ、健康も気にかかり始めた。
「激しい動きがあるような舞台だと、昔は1か月半ほど稽古しているうちに、体力がついてきたのでよかったんです。ところが、最近は年齢も年齢なので、体力が落ちてきました。そろそろランニングやウォーキングなど、軽めにでも何かやらなきゃいけないんじゃないかなと思い始めているところです。ふだんは体を鍛えたりはあまりしていません。今やっているのは犬の散歩ぐらい。年齢は気にしませんが、自分の父親が60で死んでいるので、自分も60歳になったとき、死が近くなってきた感覚がありました。親父の病気が判明したとき、余命1か月と言われたので、それが突如やってくるのではないかという怖さも重なりました。生きていることが大事。なるべく病気などせず、長生きしたい。家族のためにも、それはすごく思います」
11月7日(金)からTOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿ほか、全国ロードショー。
監督・脚本:三宅唱
原作:つげ義春『海辺の叙景』『ほんやら洞のべんさん』
製作:映画『旅と日々』製作委員会
キャスト:シム・ウンギョン 堤真一 河合優実 髙田万作 佐野史郎 斉藤陽一郎 松浦慎一郎 足立智充 梅舟惟永
©2025『旅と日々』製作委員会
配給・宣伝:ビターズ・エンド
https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/
1964年7月7日生まれ。兵庫県出身。『弾丸ランナー』(1996)で映画初主演を果たし、2000年のドラマ『やまとなでしこ』で幅広い世代の支持を獲得する。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005)で日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞ほか、国内の映画賞を多数受賞。『クライマーズ・ハイ』(2008)、『神様はバリにいる』(2015)、『決算!忠臣蔵』(2019)などで主演を務める。ほか、『容疑者Xの献身』(2008)、『土竜の唄』(2014)、『日本のいちばん長い日』(2015)、『本能寺ホテル』(2017)、第45回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞した『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』(2021)、『おまえの罪を自白しろ』(2023)など数多くの話題作に出演している。2025年の作品は映画『室町無頼』『木の上の軍隊』『アフター・ザ・クエイク』、舞台『ライフ・イン・ザ・シアター』など。
初出:2025年12月6日発行『AdvancedTime』29号。掲載内容は原則的に初出時のものです。
STAFF
Model: Shinichi Tsutsumi
Photo: Kazutaka Nakamura
Styling: Kan Nakagawara(CaNN)
Hair&Make-up: Shinji Okuyama(B.Sun)
Text: Aki Takayama
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